イジワル外科医の熱愛ロマンス
一階のリビングダイニングの奥に、庭に面したテラスがあるのは知っている。
そこに、立派なグランドピアノが置かれている。
まだ幼い頃、私と祐が連弾して遊んだ場所だ。


歩を進めるごとに、ピアノの音色がより大きく鮮明になる。
廊下の中ほどまで来るとなんの曲か、よくわかった。


「悲愴……」


ベートーベンの有名なピアノ曲だ。
ピアノに興味がない人でも、絶対どこかで聞いたことがあるであろう、穏やかで優しい、どこか哀愁を帯びた旋律。


この先のテラスで、今まさに祐が演奏している。
祐の見た目と性格からはとても想像できない選曲なのに、本当はとても彼らしい。


私の顔は、無意識に綻んだ。
途端に、私の胸がきゅんと疼く。
続いて、締めつけられるような感覚を覚えた。


反射的に胸を手で押さえる。
その手から伝わるのか。
それとも、身体の内側から直接感じ取っているのか。
私は、鼓動が速くなっていることを自覚した。


テラスのドアの前に立った島田さんが、コツコツと二回ノックをした。


「坊っちゃま、雫さんがお見えですよ」


ノックと同時に、少し大きな声で中に呼びかける。
声が届いたのか、柔らかく滑らかなメロディが、ピタリとやんだ。
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