愛のカタチ【超短編集】
あなたは誰?
「だから、どうして信じてくれないんだよ!昨日は本当に仕事が遅くなっただけだって!」

私には彼がいる。高校の時の同級生で、卒業式の日に告白されて付き合いだした。もうすぐ5年になる。

高校を卒業して、間も無く彼は両親を事故で亡くし、血縁のなかった彼は大学を辞め働き出した。

大なり小なり喧嘩もしたが、概ね不満はない。ないが、強いて挙げるならば、彼が女の子からモテるのが不安だった。凄くカッコイイとゆうわけでもないが、かっこよく、熱血漢と呼ぶほどではないが、曲がった事が嫌いで言うべき事ははっきり言う。甘いわけではないが、誰にでも優しかった。

高校時代から、彼が女の子から告白された回数はもうわからない。だが、彼は、悠人はその全てを好きな人がいるからと断った。

だから、疑っているわけではない。彼は浮気なんてしていない。

『本当なの!私、この目で見たんだもん!間違い無く悠人君だった!』

昨日の夜、そう電話して来たのは高校時代の友人だった。もちろん、悠人の事も知っている。

「そんなに疑うなら、サトシに電話して聞いてみりゃいいだろ!」

「そんなのいくらでも口裏合わせられるでしょ」

いくら信じていても、不安は消えない。そんな自信は私にはない。きっと悠人といる事に疲れていたんだと思う。

「もう、別れよ」

彼を愛していた。誰よりも。何よりも。だから別れた。

それから1カ月経っても、私の気持ちは全く晴れなかった。何をしていても悠人の事が頭から離れてくれない。

電話がかかって来たのは、そんな時だった。

「もしもし」

「○✖️総合病院の竹内と申します。鈴原さんの携帯でお間違いないでしょうか?」

病院?

「はい、そうですけど」

「突然申し訳ありません。金田悠人さんの携帯電話で番号を拝見してお電話させていただいたのですが、金田さんの御血縁の方の連絡先をご存知ないでしょうか?」

悠人の携帯?血縁?病院?

「悠人に血縁は居ませんけど」

「そうですか、わかりました。お忙しい所すみませんでした」

「あの!私!彼の婚約者です!悠人に何かあったんですか?」

口が勝手に動いていた。

急いで来てくれと言われ、何も考えずに家を飛び出した。病院に着き、受付に名前を告げるとすぐに案内された。そこは手術室の前だった。

道路に飛び出した子供を庇い、悠人は車にはねられたらしいと説明された。

「鈴原さん、最悪も考えておいてください」

看護士はそう付け加えて仕事に戻って行った。



白い部屋の、やっぱり白いベッドに横たわる悠人は眠っている。その胸はゆっくりと上下している。

医師は言った。

「この先、金田さんが意識を取り戻す可能性は限りなく低いと思います。検査の結果次第では脳死判定も止む終えない状況です」

悠人は息をしているのに、それを死んでいると言うのか。

悠人は生きている。

「鈴原さん、お勧めは出来ませんが、一つだけ方法があります」

『脳移植』

それは悪魔の囁きだった。

ドナー登録されている人の中から、無作為に選ばれた人の脳を取り出し、冷凍したその脳を移植する。

成功例は僅かしかなく、後遺症や、拒絶反応も出る事がある。

そして、何よりも死んだ人間の脳を移植しても意味がない、それは生きている健康な人の脳が使われる。

つまり

悠人の命を繋ぎ止める為に

違う誰かの命を絶つ

その方法は人の道を外れ、悪魔に魂を売るに等しい行為だった。

「お願いします」

それでも私は即答した。

自分を正当化するつもりなどない。直接手を下さずとも、私がその人を殺すのだ。言い訳もしない、私には悠人のいない世界など考えられなかった。

人格などが変わらないように、大脳は本人の物を残すと医師は説明した。

人格や性格がそのままだったとしても、それは果たして悠人だと言えるのか?

脳に違う人間の物が混ざった悠人を私は愛せるのだろうか?

どちらでも良かった。

ただ、悠人が居ればそれだけで良かった。

手術は成功し、ドナーは30代の男性とだけ教えられた。

術後しばらくして眼を開いた悠人に私は言った。


『あなたは誰?』




END


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