愛のカタチ【超短編集】
嘘つきな彼女
「本当だよ。君が思っているよりずっと僕は男の子から人気があるんだよ」

「嘘だね、僕は君が僕以外の男といる所を見た事がないよ」

友恵はよく嘘をついた。それは、特に誰かを傷付ける事はなかったけれど、誰かを幸せにする事もなかった。

「それは君が僕を見ていないからだよ。今度、『実録!佐伯友恵密着72時間!』でもしてみるといいよ」

「そんな暇な事はしないよ。それより、最近どうして急に『僕』なんて言い始めたの?」

真冬のカフェのオープン席には僕と僕の彼女の友恵しかいない。絵もすれば雪がチラついてもおかしくない気温の低さだ、少し頭のおかしいカップル以外、オープン席など選ばない。

「わた・・・僕は気付いたのだよ。完璧に見えた僕にも無い物がある事に」

「今、確実に『私』って言いかけたよね?無い物があるって言うか、ある物の方が少なく見えるんだけど」

後、完璧になんて見えてないから安心して、と付け加える。

「そう、それは『萌え属性』だよ。ナイスバディで大人っぽい外見を持っているが故に、得難い『萌え属性』をボクっ娘とゆう斬新なアイデアで獲得したわけだ」

「取り敢えず、全部ツッコミ入れた方が君の為になりそうだから言うね」

かじかむ手をコーヒーカップで暖めて、僕は少しだけ大き目に息を吸い込んだ。

「まず、下着要らずの体をナイスバディとは言わないし、身長の低さと童顔が相まって大人っぽいどころか20歳ってゆう実年齢にすら追いついてないよ。ボクっ娘も全然斬新でも無いし、萌え属性なら君はおそらく産まれた時から持っているよ。むしろ萌え属性以外の属性が見当たらないぐらいね」

ひと息で言い切った僕の顔を見もせず、彼女はオレンジジュースにささったストローを咥えて遊んでいた。ホットコーヒーを頼んだ僕の方が、冷たいオレンジジュースを頼んだ彼女よりはおかしく無いと思う。

「ねぇ、昇」

彼女が僕の名前を呼ぶ時は、決まって何か頼み事をする時だ。

「嫌だよ」

「まだ何も言ってないよ」

「何?」

「午後の講義サボってセックスしないかい?」

友恵のその発言に、真冬のオープン席を選んだ彼女に一瞬だけ感謝したが、そもそもそんな発言をこんな場所でする彼女がおかしいので、感謝するのはやめた。

「突然、何を言い出すの?おかしくなったの?いや、おかしいのは前からだけど、もっとおかしくなったのって意味だよ」

付き合って3ヶ月、セックスは付き合ったその日にした。それから大体週に1回程のペースでしていたが、別段、彼女がセックスを好んでいるようにも見えなかった。

「相変わらず失礼だね君は、女の子がこうゆう事を自分から言うのにどれ程の勇気が要ると思ってるんだい?」

「そうゆうセリフはもっと恥じらいを持って、少なくても真冬のカフェのオープン席じゃない場所で言うまともな女の子の言い分だよ」

「何だ、君は僕とセックスしたくないのかい?それとも、僕の身体に飽きたのかい?」

彼女がおかしいのは知っている、頭がおかしいのも知っているし、突然おかしな事を言うのも知っている。だか、彼女は頭がとてもいい。脈絡のない事を言っているように聞こえても、実は意味のある事しか言っていない。だから、明らかにこの時の友恵はおかしかった。

「本当にどうしたの?おかしいよ?」

「答えてよ、私とセックスしたくないの?私の事好きじゃないの?飽きたの?昇」

いつになく真剣な表情で言う彼女は、怒っているようにも哀しそうにも見えた。それが、僕の不安を掻き立てる。

「いいよ、セックスしよう。ウチに行こう」

「家まで待てない、そこのホテルにしよ」

「わかった」

その時の友恵は、今までにない程煽情的に、激しく僕を求めた。まるで一晩しか咲かない月下美人の花のように、激しく儚く消えゆく花のように、甘い香りで部屋を満たした。



そして彼女は居なくなった。



僕は自分に出来うる限りの術で彼女を探した。ようやく、彼女を見つけたのは3ヶ月後の事だった。

『佐伯コーポレーションは事実上の吸収合併となり、政略結婚とも言えるこの婚約発表は政財界にも大きな波紋を呼んでいます』

3ヶ月ぶりに見る友恵は、Live中継と小さく書かれた四角い枠の中で、全く幸せそうじゃない笑顔を僕に向けていた。

『政略結婚と言われていますが、どう御考えですか?』

レポーターの胸の悪くなるような質問にも、友恵は笑顔を崩さずに応じる。

『とんでもないです、これは私が望んだ結婚です。周りの方々にどう思われようと、私は彼を愛しています』

その言葉は僕を壊した。

『御懐妊されているとゆう事ですが、それは本当ですか?』

『ええ、本当です。今3ヶ月です』

3ヶ月ーー

俺は走りだした。何年もまともに走っていない身体は直ぐに悲鳴を上げたが、それでも俺は会見会場のホテルに向かって全力で走った。

ホテルに入ると、警備員の立っているドアを見つけ、制止する警備員を振り払いドアを開いた。

「友恵!!!!」

声の限り叫んだ。会場中が静まり返り、全ての視線が俺に集まる。そんな事はどうでもよかった。

「何やってんだお前!お前は僕の彼女だろ!そのお腹の中の子供の父親は僕だろ!」

一瞬の静寂の後、部屋をカメラのフラッシュが埋めつくした。目が眩む程の光の中で、友恵は静かに言った。

「君は何をしてるんだい?困った人だな。これは僕が選んだ事なんだよ。この世界は君の入り込んでいい場所ではないんだよ」

「お前こそ何言ってんだ!選ぶ選択肢のない選択なんて、お前の意思なわけないだろ!」

警備員が僕の両腕を掴み、身体が引っ張られる。

「選択肢があろうとなかろうと、僕が今ここにいるのが僕の答えだよ」

「そのお腹の子供に聞いてみろよ!父親は誰だよ!僕だろ!」

友恵は眼を閉じて、ゆっくりと、しっかりと、首を横に振った。

「君の子じゃないよ。この子は私の子だよ」

声は聴こえなかった。

ただ

彼女の唇は

サヨナラ

そう、僕に告げた





END





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