魚のまね
「あのさあ、俺は常々あんたのことを馬鹿なんじゃないかと思ってたんだけどさあ、ほんとに馬鹿だったんだな」


お風呂からあがってバスタオルで髪を乾かしながら部屋に戻ったわたしに、先に部屋に戻ってテレビを観ていた彼は冷ややかな目でわたしを見つめながらそう言った。


まあ、彼の怒りはごもっともだ。


「ひとのことをそんな馬鹿馬鹿言わないでよ」

「だって本当のことじゃないですか」


たまたまトイレに行ったら、隣の浴室からバシャバシャと妙な水の音が聞こえ、心配になって浴室のドアを開けたらさっきのような状況だったらしい。


好きな音楽活動をするために、大学を卒業後、派遣の仕事で生活するわたしと、とある中堅のメーカーで営業をしている彼。


そんな彼とわたしは、大学生の頃から一緒に暮らしてきた。同棲じゃなく同居だ。


少し古いが、このアパートは駅からも近く、寝室二部屋と居間と台所と風呂、トイレとひととおりそろっていて二人で暮らすにはちょうどいい。同じ学科の友人だったわたしたちは、家賃を浮かせたいというだけの理由で同居生活を始めたが、思った以上に居心地がよく、残念ながら出て行くきっかけになるような浮いた話もなかったため、大学卒業後もなんとなく二人で暮らし続けて、気がついたら27歳になっていた。


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