「ご馳走さまでした。」

「いいえ、それより、よければまだ付き合ってくれない?明日仕事休みって言ってたけど用事はあるのかな。」

ここでお別れになるのではと心配していたが、杞憂に終わったようだ。彼にはもちろんついていくと伝えた。

ここはこの近辺で唯一の繁華街なのだが、もう遅いからか、外はすでに落ち着きが見える。呼び込みはほとんど居なくなり、時たま千鳥足の人と数人すれ違ったが、様子からしてもう帰るのだろう。

「俺の知ってるとこでいいかな」

彼は次の店をもう決めているようだった。迷いなく歩を進めながら言った。

「あまり大きなところには行かないんだ。」

人が多いところは苦手なのだと彼は付け加えた。理由は自分を知っている人に会ってしまうから。少しわかる気がする。

「本当に仲のいい一握りの人は会えたら嬉しいんだけど、そうでない人は落ち着かなくなっちゃうからね」

そう言うけれど、彼は私の目には随分社交的に見える。意外と人見知りなのだろうか。そんなことを思いながら、そう歩かない内にたどり着いたビルの、地下へ続くすこし急な階段を下りていく。趣のある扉が見え、その奥からは微かに音楽が聞こえてきた。

彼が扉を開け、一歩踏み入る。すぐにオレンジ色の電球が優しい印象のカウンターが正面に見えた。その端の席に座ると、丁度真後ろになる蓄音機の存在に気づいた。先ほど聞こえていた曲の正体はこれだったか。ジャズの音色がゆったりとした落ち着いた雰囲気を作り出し、僅かに残っている客はそれぞれここでの時間を楽しんでいる。






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