君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
澪音は私のためにピアノを弾くのは、私を抱いてくれたりするのと直接的か間接的かしか違いがないと言っていた。


そう意識するとピアノの鍵盤に向かう澪音を直視できなくなった。でも最後にもう一度だけ澪音のピアノを聴きたいから。


「官能でも、愛情表現でも、求愛でも。

言い方は何だっていいけど、柚葉に弾くピアノだけはそういうものにしかならないよ。

さあ、何を聞きたい?」


「……別れの曲、です」


「選曲に悪意を感じるんだけど?」


澪音が上目使いで私を見る。この場にどんな表情が相応しいのか、私にはさっぱりわからなかった。


「どうしても、今聴きたいんです」


「……ま、いいよ。人気のある曲だしな。

ちなみにその曲名はショパン自身が付けたものではないからな。本来のタイトルは、エチュード 10-3としか記されていない」


澪音が優しい旋律を奏でると、乾いていた目に涙が溢れてきた。美し過ぎて現実の音ではないみたい。まるで私が泣くための時間を貰っているような、不思議な感覚だった。

中盤は激情のようなダイナミックな展開に変わり、また穏やかなメロディーに戻る。もっとずっと聞いていたいのにあっという間に曲は終わってしまった。


「ありがとうございました。


この演奏はずっと覚えておきます。もう二度と、澪音にピアノを弾いて下さいとは言いません」


「柚葉……」


澪音が私の言葉に顔をしかめる。


ごめんなさい、澪音。


苦しむ澪音を見るのが辛いから、凄く乱暴な言い方しかできそうにありせん。
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