君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
その言葉通り、このお店は都会のオアシスのような場所だと思う。


深夜まで営業しているのはオーナーの方針によるもので、通常の時間帯にはお店に来られないような多忙な人にも、暖かな食事を提供するためだ。


そのため、ここには様々な業界の著名人がお忍びで通っているという噂もある。


そんなお店に、バイトとはいえ私が採用してもらえた理由がわからなくて一度聞いてみたところ、オーナーは


「話をして誠実な人だと思ったし、姿勢がとても良いから」


と言ってくれた。姿勢が良いのはダンスの影響だと思う。残念なことに、今の所ここに採用されたことが唯一ダンスをやっていて役に立った事だ。


それでも、私は今の生活が気に入っている。このお店も知る人ぞ知る隠れ家のようでとても好きだ。あの人がピアノを弾くようになってさらに好きになった。


演奏を続ける彼に、いつものようにペリエを持っていく。


トレイにグラスを乗せてグランドピアノに近付くと、毎回、緊張して息がうまくできなくなる。


「手がきれい……」


手のひらは大きくて指が長い。繊細な音色を奏でる手は男性らしく関節が少し浮き出て、手の甲が薄かった。


演奏中は鍵盤から目を離さないので、ちらっと彼を観察すると、薄い色の肌には軽く汗が浮かんでいる。


その時形の良い唇の端が少し持ち上がり、ふいに視線がこちらに投げられた。


目があって、心臓が止まるかと思った。


大きなアーモンド型の瞳はじっと私を見る。演奏していても視線を自由に動かせるとは知らなかった。


慌てて、お水を置いておきますと身振りで示して逃げるようにその場を去った。


「あんなきれいな男の人が、世の中にいるんだな……」


そのあとのバイトはずっとぼんやりとして、私はオーダーを三度も間違えた。
< 3 / 220 >

この作品をシェア

pagetop