君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
閉店後、着替えるためにバックヤードに行くと


「立ち姿が綺麗だと思ったら、ダンサーだったんだ」


と、知らない声がした。


振り向くと背中に手を沿えられて、ピアニストの彼に至近距離で見下ろされる。


「…………!」


今までずっと、現実とは違う世界の人のように思っていたのに、急にリアルな男性として目の前に現れて心臓が跳ねた。


言葉を発することのない、寡黙なピアニスト。
月の光のような、温度の感じられない芸術品。


そんな、私が思い描いてきたイメージを破り


「さっき、ずっと俺のこと見てたでしょ」


と自信家のように笑って私の頬に指を当てる彼は、


……相当に女慣れしている危険な男の人だ。この人に近づいてはダメと、本能が警鐘を鳴らす。


「すすすすスミマセン! 演奏の邪魔してっ」


「してないよ。そんなことより踊り、見せて」


「え?」


「俺のピアノで踊ってみたいと言ってたよね」


「聞こえてたんですか……」


オーナーとその話をしたのは、彼がいたグランドピアノからかなり離れた位置だったのに。


「俺には全然まったく興味ないって言ってるのもね」


そう言いながらも彼は笑っている。あのときの私の慌てた様子まで知っていて、面白がっているに違いない。


この人の前から、今直ぐ立ち去った方がいい。好きになったって、絶対に相手にされずに傷付くのが目に見えている。


そう思ったけど、「躍りを見せて」と言われて嬉しくないダンサーなんているだろうか?


特に、私のような踊りたくても仕事が無いダンサーには、その言葉は強力な媚薬ようで、一歩もそこから動けずにいた。


「君のためだけに弾くからさ。何の曲がいい?」
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