君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「ピアノの先生だったのは子供のときだけよ。ショパンコンクールで入賞するような人に、先生だなんて言われたくないわ」


かぐや姫が澪音に言う。ショパンコンクールって私でも聞いたことがあるけど、それってものすごいことなんじゃ……


「澪音って……ピアニストとしても第一線で活躍できるような人なんですね……」


クロスカフェで、あんなにカジュアルに演奏しているなんてもったいない。


「ピアニストとしての彼は間違いなく天才です。

澪音はもともと樫月家の芸術振興分野の象徴的な存在として、世にアピールされるはずだったんです」


かぐや姫が私に解説してくれたけど、いまいちその意味は分からなかった。気になったのは、澪音がそこまで極めたピアノの道なのに、家の事情で絶たれてしまったということだ。


悔しかったはずだけど、心の整理はついているのかな……


澪音を見ると、照れたように笑って


「その分、仕事に関する勉強は追い付いてないんだ。兄さんの代わりをすると思うと、正直プレッシャーがきついよ」


と言った。すると弥太郎さんが首を振って、また手話で話をしている。細かい内容は分からないけど、澪音ならできると伝えているような気がした。


ふと、弥太郎さんがグランドピアノを指した。澪音に演奏を頼んでいるようだ。澪音は優しく笑ってピアノの前に座る。


演奏が始まると、光の洪水のような幻想的なメロディーが流れた。クロスカフェでは技巧をこらすような曲目は演奏していなかったから、こんなに早く指を動かすのを見るのは初めてだ。


人の手の限界を越えてる気がする……。まるで、音楽の神様が紡ぐメロディーみたい。


「ラヴェルの 『水の戯れ』ね。いつ聞いても美しいわ……」
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