宵の朔に-主さまの気まぐれ-
若干腹を立て気味の朔は旅館を出ると、あてもなく人通りの少ない道を選んで歩き始めた。


それなりに大きな集落だ。

どの種族にも対応できる物品や食べ物を扱う店が連なり、奥に行けば行くほど人通りは少なく、大樹が大きく枝を広げて覆い被さるようにして集落を包み込んでいる。


季節は春――

母が花好きなため、屋敷にも祖父の屋敷にも花は季節を通して沢山咲いていた。

自然と朔も花を好むようになり、世話こそしなかったが妹や雪男が花を摘んだりする時は盆に水を張って花を浮かせて鑑賞するのが好きだった。


「全く…節介ばかり焼く親戚連中が多くて困るな」


それもこれも自分が出不精でめんどくさがりなのだと分かっているのだが、女と酒を飲んで興じたりするほど色ぼけでもなく、むしろ母からひとりの女を愛してほしいと口を酸っぱくして言われていたため、妻を沢山娶る気もない。


百鬼夜行を継いでからは特に嫁を貰って落ち着けと言われていたが、正直言って妹の朧や雪男、百鬼の銀や山姫や焔、白雷などが身の回りのことをしてくれるため、事足りている。


――ぼんやりしながら歩いているうちに本当に全く人気がなくなってしまい、大きな泉が見えると自然と足がそちらに向いて歩いていた。


ふわり――


甘い香りが鼻孔をくすぐり、その香りに誘われて歩いていると――たくさんの花びらが宙を舞う絶景に朔の足が止まった。


「…花の精…か?」


橙色の扇子に赤く長い紐がたなびき、それを優雅に振って舞い乱れる女――


赤い袴に単、そして水干に烏帽子…

白拍子の衣装に身を包んだ女は目を閉じてくるくると身を翻し、女が舞う度に花びらが宙を舞い、朔の元まで甘い香りと花びらが舞ってきて掌にひらりと落ちた。


「…美しいな」


少し離れた場所の大木にもたれ掛かって座った朔は、完全に気配を絶って女の舞いを邪魔しないようにすると、自然と笑みを浮かべて美しい光景に酔いしれた。
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