宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫の看病は朔と柚葉で代わる代わる行われた。

それをなんとか容認したのは――凶姫が柚葉についておかしな質問をしてきたことで、さすがに女心に疎い朔でも柚葉が自分に好意を寄せているのでは、と思ったからだ。


だが勘違いだととても恥ずかしいから、それは言わずに柚葉から話しかけてくるまでじっと耐えていた。


「今日は起き上がれそうか?」


「そうね、起き上がるだけなら。明日は多分歩けると思うけれど」


「そうか。ちなみに聞いてみたかったんだけど…どうしてお前は目だけ奪われたんだ?」


「目だけですって?私の処女も奪われたのよ?」


じわりと非難されてやや慌てた朔は、枕元で蜜柑の皮を剥いてやりながら伏し目がちにその嗜虐性を問うた。


「普通なら命も奪う。だけど目だ。何か理由でも?」


「そうね…私の目の色、少し普通じゃなかったからかしら。よく褒められたのよ。家族や許嫁に。ああ、もう元だけれど」


「許嫁…ね」


凶姫のために剥いた蜜柑だったが、その言葉が棘のようにちくりと胸を刺して自分の口に放り込んだ朔に、凶姫は妙な空気に首を傾げて手を伸ばした。


「何よ…どうしたの?」


「その許嫁だった男は今どうしてる?」


「さあ、考えたこともないわね。それなりにいい男だったけれど、私の家族が惨殺されたことを知って震え上がって逃げ出したんじゃないかしら」


「ふうん」


――もしかして嫉妬されている?

伸ばした手を握り、指で手の甲を撫でるその優しさに、こんな喧嘩になりそうな話題はやめておこうと思って黙っていると、朔自らがその話題に踏み込んだ。


「うちの家系は溺愛体質の者が多いんだ。もちろん俺を含めて。もしその男がのこのこ現れたら…殺してしまうかもしれないな」


「ゆ、月…」


「俺の真名は、朔、だ」


空気がふわりと和らぐ。

この男と言い争いなどしたくはない。

そして好いてくれる喜びを噛み締めたい。


「私も…あなたの過去の女がのこのこ現れたら殺してしまうかもしれないわね」


「そんなの居な…いや、居なくはないか」


「なんですって?!」


結局、痴話喧嘩。
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