宵の朔に-主さまの気まぐれ-
出遅れた白雷と氷輪は、庭にぽつんと残された肘から下に切断された腕を拾い上げた。


「これ…何だろうねー?」


「手…」


「いやそれは分かるしー。俺たち…侵入者入れちゃったけど、主さまに怒られるかなー?」


「侵入者を入れちゃったのは主さまの結界が破れたから俺たちのせいじゃない…はず…」


なんとも締まらない会話をしつつ、拾った腕で肩を叩きながら白雷が凶姫の部屋に向かうと――耳を塞ぎそうな絶叫が響いてきた。


ぴたりと足を止めた二人は、部屋の前で腕を組んで眉間に皺を寄せている雪男におずおずと声をかけた。


「父さん…?」


「今晴明が手術してる。血生臭いからしばらくここに近寄るなよ」


「分かった。白雷、渡して」


「あいよ」


白い尻尾を振りながら白雷が無造作に雪男に向けて腕を投げた。

それを手を伸ばして宙で受け取った雪男は、その腕の精巧さに舌打ちしながら、なおも絶叫が響く部屋から柚葉を連れ出して襖を閉めた。


「雪男さん、私ここに居たい…!」


「今はやめとけ。直に手術が終わるから、その時凶姫の傍に居てやってくれ」


「主さまは…」


「主さまは…いいんだ。今救えなかった斬鬼の念でいっぱいだろうからそっとしておいてやってくれ。ほらお前たちも行くぞ」


部屋から皆を遠ざけた。

麻酔を使ってなおあの絶叫――言葉に堪えないほど痛いのだろう。


「鬼族は生命力が強い。きっと凶姫も耐えてくれるはずだ」


――あの侵入者の腕…

切断面は滑らかで、血の一滴もついてはいない。


"あれ”は、何なのだろうか?

あれは、朔の命ではなく凶姫の命を奪おうとしていた。


それは何故?

何故皆、凶姫に固執する――?


多くの解けない謎は雪男の表情を険しくさせて、悩ませた。
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