宵の朔に-主さまの気まぐれ-
次元の穴を通り、主の元に戻った冥は――待ち構えていたのか、穴から出た途端喉元を掴まれて強引に上向かせられた。


「何をしてきた?」


「…失敗しました」


「何をしてきたのか、と言っている。俺が何も知らないと思っているのか?冥…貴様、俺のものを壊そうとしたな?」


空いている右手が振り上げられた。

殴られる、と目を強く瞑ったが…衝撃はやって来ることがなく、恐る恐る冥が目を開けると、冷酷で無慈悲の主は、切断された右腕を見て手を下ろした。


「やられたのか」


「…申し訳ありません」


「お前は何をしに行った?俺は男を殺せと言ったのに、俺のものを壊そうとした。俺の命に背くとどうなるか分かっているだろう?」


「…申し訳ありません…黄泉(よみ)様」


――黄泉。

それはこの男の真名ではなかったが、あの国へ行って以来、和名を好んで使うようになり、通り名を黄泉と定めた。


「お前は俺が完璧に作ったんだ。お前のその腕も、その足も、胴体も、顔も全て俺が選りすぐりの女を使って作った。可愛い俺の傀儡よ、痛みはなかっただろうが可哀そうに」


痛覚はない。

血も出ないが、失った部位は元に戻らない。


黄泉は眼鏡を外して青みがかった冥の頭を引き寄せて抱くと、長い髪を撫でた。


「新しいものを作ってやる。それまであの男を殺すのはお預けになるが…不完全なお前を傍に置いている方が腹立たしいからな」


「…申し訳ありません」


今まで熱心に作っていた"もの”を部屋の隅に無造作に追いやった黄泉は、火傷だらけの冥に驚くほど優しい笑みを見せた。


「お前の新しい右腕を探して来る。帰りは遅くなるかもしれないが大人しくしていろ」


「…はい」


黄泉が次元の穴に沈む。

冥は部屋の片隅に定められた寝床に身体を横たえると、目を閉じた。


あの女は生かしておけない。

全てを手に入れたかのように幸せそうなあの女だけは――
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