宵の朔に-主さまの気まぐれ-
翌朝百鬼夜行から戻って来た朔は、ぽつぽつ降り始めた雨の雫が髪や着物についてそれを指で弾きながら庭に降り立った。

いくらかすると本格的に降り始めて、夏に入った空を見上げていると――ぱしゃりと水を踏む音がして縁側を見遣った。


「月、お帰りなさい」


「ただいま。裸足で降りてくると濡れるぞ」


「私、晴れた夜空は嫌いだけれど、雨は好きなの。でも昨晩はすごく晴れてたから…」


「ああ、不安になったってこと?こっちに来て」


庭の一角には花を集中的に植えている場所がある。

背の高い種類の花もあればよく見ないと分からないような小さな花まで、色とりどりの花を息吹が植えていて、それを朧が引き継いでさらに花を植え足しているため、花壇は増える一方だ。

朔は凶姫の手を引いて、息吹がどこからか手に入れてきた向日葵という背の高い花を植えた場所に導いて、屋敷から死角になる所で立ち止まった。


「おいで」


「な…何よ。何を呼んでるのよ」


「抱きしめてやる。さあ来い」


「は…っ?ちょっと…私は別に抱きしめてほしいなんて思ってな…」


本当は抱きしめてほしいが、矜持が邪魔をして素直に言い出せずまごまごしている凶姫を朔が問答無用で抱きしめた。

包み込むようにふわりと抱きしめられると心の底からほっとして、朔の身体に腕を回した。


「私の心が読めるの?」


「なんとなく。いや、俺がこうしたいだけなのかも。でもひとつ意見したいことがあるんだけど」


「な…何よ」


「ちょっと痩せすぎじゃないか?俺はもうちょっとふっくらした方が好きだから、今日から食事の量を増やしてもらうように朧に言っておくから」


「あなた好みの女になれっていうわけ?おあいにく様、私は今の身体に満足しているの。身体が重たくなるときれいに舞えないから」


「もう舞うのは俺の前だけでいい」


ひそりと耳元で囁かれると、どうしてもぞくりとしてしまって腰が萎えそうになる。

それを隠すために朔の背中を思い切りばしっと叩いて離れると、いつの間にか不安も払拭されていた。


「濡れるから戻ろう。それとも一緒に風呂に入る?」


「いいえ!結構よ!」


笑い声を上げられてむっとしながらも、手を引かれて屋敷に向かう。


…この人となら、きっとあらゆる苦難を乗り越えてゆける。

きっと――
< 156 / 551 >

この作品をシェア

pagetop