宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉は作業に集中すると、部屋からほとんど一歩も出ないような時がある。

今まさにその時で、凶姫は夜をひとりで過ごすことが多くなり、そういう時は決まって雪男や朧と共に過ごすようになっていた。

このふたりは朔から事情を聞いているため以前よりさらに親しくなり、打ち解けて話せるようになったため、与えられた部屋から出ることも増えていた。


「もし私が嫁いだら、月の食事の用意をしなきゃいけないのかしら。目が見えなくなって以来料理なんてしてないんだけれど」


「それは私がしますから大丈夫ですよ。姫ちゃんは兄様の傍に居てくれるだけでいいんです」


「そうは言っても…月の家は名家中の名家。旧家で名家で…鬼族の祖ともいえる家柄なのに私ときたら…」


空気が澄んでいるため、今日は星の見える夜空の日。

そういう日はにわかに不安になる日が多いため、朔の帰りがいつも以上に待ち遠しい。

帰って来れば湯治に連れて行ってくれるし、一緒に居てくれることは多いが…落ちぶれたとはいえ名家の出でも、あらゆる面で気が引けていた。


「ああ、そういうの先々代の時から気にしてないみたいだから大丈夫だと思うぜ。先々代の前の代まではそりゃどこの家の姫がいいとかあったらしいけど、先々代が変わり者だったからなあ」


「そう…なの?」


雪男がからから笑いながら言ったが、凶姫はあまり納得していなかった。


「あれから一か月…私の傷も塞がったし、動けるようになったのに…"渡り”は来ないわ。待っているわけじゃないけれど、逆に不安になるの」


膝の上で拳を握っていると、その手を朧がそっと握って励ますように軽く揺すった。


「あなたのこと諦めたんじゃないのかな」


「…いいえ、それはないわ。あの男…またきっとやって来る。だって"また会いに行く”って言ってたもの。遊郭に乗り込んできた時、あの男は…」


――遊郭で何があったのか、凶姫はまだ誰にも話していなかった。

口にするのもおぞましい蛮行の数々。


「月…早く戻って来ないかしら」


「ははっ、まだ半日は戻って来ないぞ」


こうして毎日帰りを待つ日々を過ごす――

その覚悟は、未だ凶姫にはできていなかった。

< 155 / 551 >

この作品をシェア

pagetop