宵の朔に-主さまの気まぐれ-
長い黒髪は相変わらずくせ毛であちこち跳ねていて、少し下がった眉毛は相変わらずいつも困ったような顔をしていた。


そして互いに言葉を失って見つめ合っていると、凶姫は緩く編んだ三つ編みを指で弾いて背中側にやると、戸惑っている朔に説明をした。


「柚葉は私の身の回りの世話をしてくれているの。月、あなたはこの集落の者じゃないでしょ?どこで柚葉と知り合ったの?」


「ああ…そうだな…もう結構前に出会ったな」


「そうなの?私と柚葉がここに来たのも随分前だけれど。柚葉、もう戻らなくちゃいけないのね?」


「あ、ええ、はい…」


「凶姫」


朔がよく通る低い声で立ち上がった凶姫に声をかけて見上げると、袖を握って少し引っ張った。


「明日もまた来る。ここに居るから気が向いたら来て」


「…私、忙しいから来れないと思うけど、分かったわ。気が向いたらね」


――その時、朔を探しに辺りを駆け回っていた雪男が朔の姿を見つけて声をかけようとした。


「ぬ…」


唇に人差し指をあてて呼ばれるのをやめさせた朔は、続いて柚葉を見て驚いた顔をした雪男が朔と柚葉の顔を見合わせて戸惑ったのを見て苦笑した。


「俺も驚いた」


「ああ…だって…柚葉、お前今までどうしてた?」


「お懐かしい…。お元気そうで何よりです。では…」


柚葉が俯いたまま凶姫の手を引いてその場から去ろうとすると、朔はその背中にそっと声をかけた。


「話したい。俺と話す時間を作ってくれ」


「…失礼します」


相変わらずの、消え入りそうな声。

本当に消えてしまった柚葉の小さな背中を、何度抱きしめたことだろうか。


――今となっては、それはもう柚葉の中で過去でしかなかった。
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