宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「なあ主さま。俺、見ちゃったんだけど」


「何をだ」


「主さまが喉元に短刀突き付けられてるとこ」


凶姫と柚葉が立ち去った後祖父母の居る宿屋に戻りながら雪男が問うと、朔の足が止まった。

油断していたのは確かだし、凶姫に害意があればただでは済まなかったかもしれない。

何故自分があんな無防備になってしまったのか――朔自身それを理解できないでいた。


「そうだな、まるで動けなかった」


「ちょ…主さま、それは困る。俺が居る時はいいけど居ない時は気を抜くな。…柚葉のせいか?」


「いや、柚葉は…関係ない。雪男、あの白拍子、名は凶姫と言うらしい。少し調べてくれないか」


――朔が女の素性を知りたがるなど、これまでなかったことだ。

雪男は目を丸くして朔の両肩に手を置いて顔を覗き込んだ。


「なんだよ主さま…まさか…」


「いや、知りたいだけだ。以前は目が見えていて、今は見えていない。白拍子としてこの集落で舞いを提供しているらしいが…立ち振る舞いが一般の者のそれじゃなかった。調べてくれるか」


「ああ、それはいいけど…。主さま、柚葉のことは…」


懐かしい再会だった。

こちらから別れを告げたわけでもなくある日突然姿を消した柚葉の消息が気にならなかったわけではなかったが、自分に何か至らぬところがあったのかと逆に自身を責めていた朔は、先ほどの柚葉の沈んだ表情が気になっていた。


「どうして柚葉が凶姫の身の回りを世話しているんだ?柚葉は姫だぞ。世話されることはあってもされる側になんか…」


「ん、そこも含めて調べておくよ。一週間ここに通うんだろ?その間にあらかた分かるようにしておくから」


雪男の手をゆっくり払って歩き出した朔は、凶姫のつんとした態度を思い出して笑みを誘われつつ、柚葉の憂いが何であるか――それを必ず取り払う覚悟を決めて、歩む。
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