宵の朔に-主さまの気まぐれ-
輝夜が部屋から出て行くと、朔はまた目を伏せて息をついた。

例え輝夜自ら口走ってしまったとしても罰が下れば輝夜の旅はまた長いものとなるかもしれない。

あの弟自身が苦に思っていなかったとしても、自分や両親、兄弟たちは違う。

あの弟を救ってやらなければ――

皆がそう思い、けれどどうすればいいのか分からずずっと悩んでいるのだから。


「…」


黙り込んでしまった朔にかける言葉が見つからず、凶姫は躊躇しつつも朔を包み込むようにして抱きしめた。

この兄弟の絆がとても強固なもので、割って入ることなど誰にもできない――弟を思いやって黙り込んでしまったことで、目のことを無理矢理話させてしまったことを激しく後悔した。


「…どうしたの、優しいな」


「私だって…時々は優しくなるわ。月…ごめんなさい。私、目のことをどうしても知りたかったから…」


「輝夜にも隙があったから、まあ両成敗というところだな。でも…目が見えるようになったら俺はすごく嬉しい。きっときれいな目をしているんだろうから」


「変な色だっていう人と褒めてくれる人が居たけど、あなたはどっちかしらね」


「褒めるに決まってる。俺は褒め上手だから覚悟しておけ」


空気が和らいでほっとすると、朔が首筋に顔を埋めてきて後頭部を軽く叩いた。


「何してるのよ病人が」


「腹は痛いけどその他は健康そのものだからな」


「ねえ、あなたってやたら女慣れしてるけど…その…経験豊富なの?」


「お前よりは豊富かも」


「私だって遊郭で働いてたんだから経験豊富…」


「嘘つけ、お前を抱けば死ぬんだろ?多いはずがない。それに…敏感だしな」


首筋を吸われてわなないた凶姫を強く抱きしめた朔は、願いを込めるように目を閉じて耳元で囁いた。


「必ずお前の目を取り戻す。目がまた見えるようになったら、はじめに俺を見てほしい」


「ええ…必ずそうするわ、月…」


思い遣って、ふたりは長い間そうして抱きしめ合った。
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