宵の朔に-主さまの気まぐれ-
まだ身体のあちこちに朔の指の感触が残っているような気がしていた。

風呂に入ってかなり念入りに擦ってきれいにしてみたのだが…消えない。

柚葉と花の香りを楽しんでいる時も朔の視線を感じてそわそわ落ち着かなかった。


「そういえば柚葉、鬼灯さんとどんな話をしているの?あの人ちょっと変わってるでしょ?」


「大した話はしてませんけど鬼灯様お裁縫がとてもお上手で手伝ってもらったり一緒にお茶したり…他愛ない話しかしてませんよ」


「そうなの?出生からして不思議な人だけれど、物腰もやわらかくて素敵よね。ああそれは月も同じね」


「?出生って?」


柚葉にはそういった事情を話していなかったのか、もう柚葉が知っている体で話をしてしまった凶姫は、慌てて手を振って口ごもった。


「まだあなたに話してないのなら鬼灯さん本人に直接聞いた方がいいわ。変なこといってごめんなさい」


凶姫に話していて自分には話していない――

なんだか少しいらっとした柚葉は、いくつかの花を摘み取って勢いよく身を翻すと、朔たちの居る縁側に向かった。


「柚葉?」


「姫様お暑いでしょう?盥に水を張りますから足を浸して涼んで下さい」


「手伝いますよ」


縁側には朔、輝夜、十六夜が座っていて、顔の造りは違えどいい男が揃っている眩しい光景に目が潰れそうになりながら柚葉は首を振った。


「いいえ。私ひとりで大丈夫ですから」


そう突っぱねたのも、先ほどの会話のせい。

井戸に向かい、桶で水を掬って大きな盥に水を張った後額に浮かぶ汗を拭っていると、背後から突然手拭いでその汗を拭われてつい声が出た。


「きゃっ!?」


「重たいでしょう?手伝うと言ったのに意固地ですねえ」


さっと盥を取り上げられてむっとした柚葉がそれを奪い返そうとしたが身長差もあり全く取り合ってくれない。

輝夜は不機嫌そうな柚葉の顔を覗き込んで首を傾げた。


「どうしました?」


「…出生の話を姫様にしました?」


「ああ…そうですね、必要に迫られてしましたけど、それが何か?」


「私は聞いてませんけど」


「ですのでやむなく必要に迫られて話したので。なんですか、私に興味があります?」


そうだが、何故か素直にそうとは言えず、むっつり。


「ありません!」


「ふふふ、嘘つきさんですねえ」


ばればれだが、何度かそんな押し問答を繰り返しながら縁側にふたりで戻った。
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