宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「私は考えすぎなのでしょうか」


『自問するということは己の中に迷いがあるということ。お前には必要なことだろう』


「使命だと思っています。それが私の生き方だと。ですが全ての者を幸せにすることはできない…一握りの者だけを救済するのは自己満足なのではと思ってしまったんです」


『救われず奈落の底へ落ちてゆく者の声を聞いて救済の道を示すことが間違いだと?』


「…間違いだとは思っていません。私はそうしなければ…私もその者も救えません」


『つまり己が幸せになりたいがために人々を救済することに迷いがあると?』


「いえそうではなくて…」


『おっと』


丑三つ時――庭にひとり降り立って空を見上げて何者かと会話を交わしていた輝夜は、突然会話を遮断されて背後をゆっくり振り返った。

そこには寝ていたはずの朔が立っていて、明らかに動揺した風で足早に近寄って来るのを見て輝夜は頬をかいて俯いた。


「見られてしまいましたか」


「お前…今誰と話をしていたんだ?」


「いえ別に大したことではありませんよ。私の仲間です」


「仲間…?最近お前の様子がおかしいと思っていたが…どうした?何か悩みでもあるのか?」


心配して袖を握ってきた朔の手をじっと見下ろしながら、微笑んだ。


「自分で解決しますから大丈夫ですよ」


そう言ってまた空を見上げた輝夜がまたふらりと居なくなってしまいそうで、この弟をずっと気にかけて頭から離れず日々過ごしていた朔は、輝夜の腕を強く掴んだ。


「解決できなくなったら俺を頼れ。やっとお前が帰って来たんだ。もう居なくならないでくれ」


「…私もそう願っていますよ」


旅は終わるのだろうか?

赤く色づいた鬼灯は、朔を救済した時どうなるのだろうか?


「終わってほしいなあ」


兄を救い、そして兄の傍でずっと助けていきたい――

小さな願いを胸に秘めて、空の彼方を見つめ続けた。
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