宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔と一緒に居ると、どうしても恋心が止められなくなってしまう。

鬼族は恋慕を抱くと一直線に相手に向かってしまう性質だが、柚葉は血を見るのも嫌だし争いごとを今まで避けて生きてきたため、他の者と比べてその想いは抑え気味だったが…


「駄目よ柚葉、なるべく会わないようにしなくちゃ」


ぶつぶつ独り言を言いながら戸棚に並べた小物類や着物を眺めた。

寝ることも忘れて作り続けているためかなり数が揃ってきて、ここを出て行く日も近い。

…あのふたりが日がな一緒に居て、恐らく愛し合っている――こちらが気付かないわけがないのにあのふたりは気付いていないと思っているのだろう。


「馬鹿にして…」


「おやおや、毒を吐いていますね。どうしました?」


「!鬼灯様…気配を消して近付かないで下さい」


柚葉の膨れた頬を指で突いて破裂させた輝夜は、柚葉がこうして気を揉んでいる時は大抵朔と凶姫が関わっていることを学習していた。

自分の恋模様には疎くとも、他人の恋模様には敏感で、庭でごろごろ転がって日向ぼっこをしている猫又に目をやりつつ手が止まった柚葉の荒れた手にそっと手を重ねた。


「な…なんですかっ!?」


「可愛らしい手が台無しですよお嬢さん。そんなに急いで出て行く必要はないと思いますが」


「…おふたりが祝言を挙げる前に出て行きたいんです。きっとすぐでしょうから」


「あなたは兄さんと凶姫の友なのにどうしてそう荒ぶるのですか。ふたりが悲しみますよ」


「…おふたりの気持ちなんて考えられません。どうせ私のことなんて二の次でしょうし。鬼灯様もそう思うでしょう?」


「さあ、私は皆が幸せになれたらそれでいいので。だからあなたの幸せも…」


「それはきれいごとですよ鬼灯様。誰かが幸せになったら誰かが不幸になるんです。だから私は私が幸せになれるようにここを出て行くんですよ」


それを夢見て笑った柚葉に輝夜は見たこともない生き物を見たかのような顔で目を丸くした。

自身の今までの生き方を否定されたようで、ざわりと胸騒ぎのようなものを覚えて胸元を握りしめた。


「鬼灯様?」


「ああいえ、なんでもありませんよ」


腰を上げて庭に下りて、喜んで尻尾を振る猫又の腹を撫でながら呟く。


「幸せとは一体…」


皆を幸せにすることはできないのか?

目の前に居る柚葉を不幸のままで居させるのか?


「本当に分からない人ですねえ…」


何かが揺らぐ。
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