宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「ねえ朔、聞いて」


「ん?」


腕の中でようやくやわらかい笑みを浮かべた凶姫を見下ろした朔は、ふっくらとした唇を指で撫でながら次の言葉を待っていた。


「”渡り”との決着がつくまでここに居てって柚葉にお願いしてみるわ。そしてそうなるまで…密会はやめない?柚葉には清々しい気持ちでここを旅立ってほしいから」


「それはつまり…お前を抱くなということか?肉体的な意味で」


「そ、そうよ、その意味しかないでしょ!?こうしてこそこそ会っていると私は罪悪感を抱くし、柚葉はもやもやしてしまう。だから…」


「当初の約束に戻るというわけだな。…まあ、仕方ないか。約束を破ってお前に手を出したのは俺だからな」


やけにあっさり朔が引き下がったため、実は少しは我が儘を言ってほしいと期待していた凶姫はぐっと言葉を堪えてぷいっと顔を背けた。


「後はあなたの問題でしょう?輝夜さんがどうしたのよ」


「あいつは…突然居なくなるから目を離したくないんだ。未来が見えるから先手を打って行動できるし、今までそうしてきていたけど最近少し様子がおかしい。それが気になってる」


「自分で解決すると言ったんでしょう?だったら見守ってあげましょうよ。ああ私たち…見守るばかりね」


腕の中でため息をついた凶姫をこうして抱きしめる機会はこれからぐっと減ってしまう。

だが少し距離を置くことで今まで見えていなかったものが見えるだろうし、かつて雪男と朧も距離を置いていた時期があり、そうしたからこそふたりは今も強い絆で結ばれている。


「今日まではいいんだろう?明日から自重する」


「えっ?」


今日から自重するはずだった凶姫の唇に唇を深く重ねて舌を絡めると、すぐ身体の力が抜けてもたれ掛かってきた凶姫にやはり今まで他の女では抱けなかった感情が競り上がってきて、自分の運命の女は凶姫なのだと実感する。


「俺がお前を選び、お前が俺を選んだ。これはきっと運命であり、決まっていたことなんだ」


ぞくぞくと身体を震わて艶やかな表情になる愛しい女をやわらかく抱きしめて、ゆっくり覆い被さってにっこり。


「明日から自重するから」


守れる自信はなかったけれど。
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