宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「あの…海里さんは何故‟元”婚約者なんですか?」


「海里はなんていうか…少し変わってるんだ。ずっと一緒に居たわけじゃないけどここに遊びに来ることは多くて、輝夜とも一緒によく遊んだな」


「ええちょっと変わり者ですから、兄さんが将来の婿になるんだと父親に言われて海里が露骨に顔をしかめたのを忘れもしません」


「そうか、そうだったな」


ふたりにとって海里という娘は変わり種らしく、楽しそうに笑っているのを見て誤解が解けた柚葉はほっとして縁側から不躾にならない程度にこちらの様子を窺っている姫君たちに気付きつつ声を潜めた。


「姫様がかなりご立腹なんです。主さま、誤解を解いた方が…」


「誤解も何も…さっき話したのが全てだし。海里は‟元”婚約者であって今現在も同じ立場じゃない」


「それでも!ひとりで悶々としてたら妄想が膨らんで悪い方向に考えちゃうものなんですよ女って。主さまそれでも男ですかっ」


柚葉に叱られた朔は、まるで息吹に叱られたような気分になってしゅんとすると、腰を上げて後を雪男と輝夜に任せた。


「分かった。ちょっと行ってくる」


「お気張りなさいませ」


ふんと鼻を鳴らしながら柚葉が送り出すと、朔は凶姫に何をどう話そうか考えながら廊下を歩き、凶姫の部屋を訪ねた。


「芙蓉」


「…」


返事はなく、勝手に襖を開けると、凶姫は枕を抱きしめて座り、壁にもたれ掛かっていた。


「どうして怒ってるんだ?」


「……」


「海里のことか?‟元”って言ったじゃないか。詳しく聞きたければ話すけど」


「………妻を何人持とうがそれはあなたの特権であり自由だわ。私のことなんて気にしなくていいのよ」


「いや、そんな態度取られて気にならないわけないし」


その吐き捨てた凶姫の言葉にかなりむっとしながら隣に座ると――その頬は最大級に膨れていて、むっとした気持ちも消えて思わず吹き出した。


「…なに笑ってるのよ」


「いや、河豚みたいに膨れてて可愛いなと思って」


「おだてても無駄よ。次々と女絡みの話が出てきて私すごく怒ってるんだから」


――朔は凶姫がものすごく嫉妬しているのを知り、ついにやけながらそっとその手を握った。
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