宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「…」


「……」


「………ちょっと。手を離してよ」


「いやだ。ちょっと訊きたいんだけど、女絡みの話が多いっていうけど俺の立場的には当然のことだし、それにもし俺が女が苦手で童貞だったらどう思う?」


「そ、それは……」


「当主となる者が例えば女が苦手だった場合、次代の当主に恵まれなくなるということだ。幸いにもうちは母様が子宝に恵まれたから兄弟が多くて後継者選びに事欠かなかったけど、それまでは結構大変だったみたいなんだからな」


「…だからといってあなたが女慣れしているという理由にはならないわよ」


「当主になる時、ちゃんと女を抱けるかどうか。まずそれを確認される。立場があるからおいそれと軽はずみに女に手を出したことはないけど、童貞よりはいいだろ?」


「………そうね」


「よしこれで喧嘩は終わりだ。海里を目の敵にする必要はないぞ、あいつはちょっと…変わってるから」


「どう変わってるのよ」


「話してみたら分かる。一緒に行くか?」


「…ええ」


――不承不承納得してくれた凶姫の手を引いて立ち上がらせた朔は、全くと言っていいほど無防備だった凶姫が顔を上げた瞬間を狙って唇を奪った。

息も動きも止まった凶姫の腰を抱いて壁際に追い詰めて舌を絡めると、甘い吐息が漏れて見境なく襲いそうになって顔を上げた朔は、顔を寄せて耳元で囁いた。


「皆の前で言っていいなら俺とお前の仲がどんなものなのか話すけど」


「駄目!私が針のむしろになるじゃない!」


「そうかな、その方が説明が簡単で俺はいいと思うんだけど」


「駄目。そうしたいなら早く‟渡り”を殺してちょうだい」


「はいはい」


部屋を出て廊下を歩き、居間が近付くと凶姫がぱっと手を離した。

そんなことができるのは、凶姫だけだ。


「全く…楽しませてくれる」


夢中にさせてくれる、唯一の女。
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