宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その女――椿は朔が成人する前に十六夜が連れてきた女だった。
この頃はまだ十六夜が当主であり、朔は時々百鬼夜行について行くことはあってもまだ代を譲ってもらうまでには至っていない半人前で、物静かで男のように髪の短い女を物珍しそうに見ていた。
「朔、これは椿という。体術を極めた指南者として招いた。刀のない戦闘になることもある。犬死にせぬよう体術もしっかり学ぶべきだ」
「はい。よろしくお願いします」
「私は一切の手加減をしない。お前が次代の当主であろうとも容赦はしない。鍛錬の最中に命を落としたとしても私の不手際ではなくお前の不手際だ。分かったか」
――声は女にしては少し低く、椿の前に座っていた朔はこくりと頷いて頭を下げた。
「分かりました。父様、俺も手加減はしなくていいんですよね?」
「体術のいの字も知らぬお前にそれは無理だと思うが、やってみるといい」
「私が授ける全てを会得するまでは住み込みでお前を鍛える。明日から始めるから英気を養っておけ」
男のような口調で話す椿にまた頷いて見せた朔が居間から去ると、十六夜は完全に朔の気配が去るまで待った後、椿にちらりと視線を遣った。
「…どうだ」
「私の役目は存じています。まだ粗削りですが、素質は十分です。まだ強くなるでしょう」
「お前の真の役目も承知しているということだな?」
「もちろん。私にはそれ位のことでしかお役に立てませんが、全力で学んで頂きます」
「…よし、下がれ」
「はい」
――あてがわれた部屋に椿が戻ると、十六夜は縁側に出て煙管を噛んだ。
「…お前はどう思う?」
「主さまも経験したことなんだろ?この家の習わしなら坊ちゃんにもやってもらう必要がある。ちなみに息吹はこのこと知ってるのか?」
「…知る必要はない」
「ああなるほど、息吹が知ったら主さまも責められるんだろうしな」
ははっと笑った雪男を睨んだ十六夜は、すでに朔を次代の当主と定めて代を譲るまでにあたっての全てを教え込むため、椿を招いた。
彼女には真の役割がある。
それを朔に今話してしまっては拒絶するであろうと分かっていたため、本人には何も明かしていない。
「…どうなることやら」
確かめなければならない。
朔を当主にするために。
この頃はまだ十六夜が当主であり、朔は時々百鬼夜行について行くことはあってもまだ代を譲ってもらうまでには至っていない半人前で、物静かで男のように髪の短い女を物珍しそうに見ていた。
「朔、これは椿という。体術を極めた指南者として招いた。刀のない戦闘になることもある。犬死にせぬよう体術もしっかり学ぶべきだ」
「はい。よろしくお願いします」
「私は一切の手加減をしない。お前が次代の当主であろうとも容赦はしない。鍛錬の最中に命を落としたとしても私の不手際ではなくお前の不手際だ。分かったか」
――声は女にしては少し低く、椿の前に座っていた朔はこくりと頷いて頭を下げた。
「分かりました。父様、俺も手加減はしなくていいんですよね?」
「体術のいの字も知らぬお前にそれは無理だと思うが、やってみるといい」
「私が授ける全てを会得するまでは住み込みでお前を鍛える。明日から始めるから英気を養っておけ」
男のような口調で話す椿にまた頷いて見せた朔が居間から去ると、十六夜は完全に朔の気配が去るまで待った後、椿にちらりと視線を遣った。
「…どうだ」
「私の役目は存じています。まだ粗削りですが、素質は十分です。まだ強くなるでしょう」
「お前の真の役目も承知しているということだな?」
「もちろん。私にはそれ位のことでしかお役に立てませんが、全力で学んで頂きます」
「…よし、下がれ」
「はい」
――あてがわれた部屋に椿が戻ると、十六夜は縁側に出て煙管を噛んだ。
「…お前はどう思う?」
「主さまも経験したことなんだろ?この家の習わしなら坊ちゃんにもやってもらう必要がある。ちなみに息吹はこのこと知ってるのか?」
「…知る必要はない」
「ああなるほど、息吹が知ったら主さまも責められるんだろうしな」
ははっと笑った雪男を睨んだ十六夜は、すでに朔を次代の当主と定めて代を譲るまでにあたっての全てを教え込むため、椿を招いた。
彼女には真の役割がある。
それを朔に今話してしまっては拒絶するであろうと分かっていたため、本人には何も明かしていない。
「…どうなることやら」
確かめなければならない。
朔を当主にするために。