宵の朔に-主さまの気まぐれ-
翌日早朝から椿は朔を庭に呼び出して腕を組んで仁王立ちしていた。

妖は朝に弱く、力も弱まる。

朔は半妖のため朝は特に弱いというわけではなかったが、椿は生粋の鬼族――だが朝日をものともせず立っていた。


「私のことは師匠と呼ぶがいい」


「はい。…本当に手加減なしでいいんですか?」


「舐めるな。お前如き若輩者に傷ひとつつけられるものか」


むっとした朔は、まだ若そうで少し吊った強気そうな目をした椿が唇を吊り上げて自嘲気味に笑ったのを見て、軽く地を蹴って肉薄した。

実は体術は全く学んだことはなく刀があればいいと思っていたが、十六夜にも一理ある。

爪を強化して椿の胸目掛けて斜めに薙ぐと、身を引かれてあっさり避けられ、逆に椿は息を軽くふっと吐いて掌底を朔の腹に叩き込んだ。

その衝撃に膝が折れそうになり、吐き気もこみ上げてよろめいた朔は、口の端についた血を拭って椿を睨んだ。


女にやられるなど、絶対にあってはならない。


その矜持だけは折られるわけにはいかず、手で腹を庇いながらなんとか立て直した朔は、椿に笑いかけた。


「その技は?」


「掌底と言う。打撃技のひとつで接近戦においては最も有効な技のひとつだ。これで戦意を喪失する者も多い。まずはこれを覚えろ」


真っ白な道着を着た椿の胸元は大きく盛り上がり、まだ女を知らない朔はどうしてもそれが視界に入って集中を乱しながらも速さでは劣るはずがないと自負していた。

――だが椿はそんな朔の思惑を読み取ったのか…あろうことか目を閉じて構えを解いた。


馬鹿にされている――

血気盛んな若者だった朔は、すぐに頭に血が上って椿に襲い掛かった。


「それではすぐに犬死にするぞ」


冷静な声にまたかっとなってなんとかその細い身体に触れようとするが、目を閉じたままの椿は全ての攻撃を難なく避けては嘲笑した。


そんな日々は――およそ一か月も続くことになる。
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