宵の朔に-主さまの気まぐれ-
椿の意図が掴めず、言われた通り自室に引き下がった朔はいつものように読書をして時を過ごしていた。

明らかに以前より強くなったと自分でも思う。

刀を持つ方がしっくりくるのは確かだが、いざ刀が手元にない時はきっと不利になることはないだろう。


「去る前に褒美、か」


椿が居なくなる――

…年上ではあるが、この屋敷に妹や山姫以外の女が出入りすることはなく、朔の興味は明らかに椿へと向かっていたため、寂しくなるなと思いながら開いた本を顔に乗せて寝転んだ。


「小僧」


「師匠」


すらりと襖が開き、白い浴衣を着た椿がはじめて朔の部屋を訪れた。

後ろ手で襖を閉めた椿はしばらくそのまま佇み、朔は起き上がってそんな椿を見上げた。


「褒美っていう割には手ぶらですね」


「褒美とは物ではない。…私だ」


「…え?私…とは?」


説明は無用とばかりに、椿が帯を解く。

茫然とそれを見ていた朔は、ぱさりと浴衣を床に落として全裸になった椿に思わず喉を鳴らした。

鍛えられた鞭のような身体だが、腰は細く胸は零れんばかりに大きく――足音もなく朔に近付き、蝋燭の灯りを消した。

妖は夜目が利くため灯りがついていてもついていなくても同じだったが、気分の問題だ。


「お前を本当の男にしてやる」


「それは…必要あることなんですか?」


「ある。お前は当主になるべき男。いざ女を抱く時、様にならず落胆されたいか?それともはじめては好きな女がいいとでも?」


「い、いえ、そういうわけでは…」


「なら黙って私を受け入れろ」


――強制的な響きだったが、首筋に触れられるとぞくりと身体が震えて呼吸が浅くなり、これから起こるべき出来事に胸が躍った。


椿の顔が近付く――

はじめて唇が触れ合い、舌が触れ合い…


朔ははじめてその夜、女を抱いた。

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