宵の朔に-主さまの気まぐれ-
助かった形になった凶姫はすぐに駆け寄った雪男によって抱えられて縁側に戻されると、半狂乱になって柚葉の名をずっと叫ぶ凶姫の背中を朧が摩り続けた。


「こんな…こんなことが…」


「私の…私のせいで…っ!柚葉ぁ…っ!」


助けに行こうにも受けた掌底で心臓を強打されていた朔は受け身を取るのが精一杯で、凶姫が魔の手から逃れたことには安堵したが――柚葉が決意に満ちた目で黄泉を道連れにしたことで、ぎり、と歯を食いしばった。


「師匠…あなたは時間稼ぎだったんですね」


「その通り。主はあの女が目的だった。私はお前が目的だった。だから私たちは結託していたんだよ。朔、痛いだろう?楽にしてやる」


――柚葉は当主になりたてで精神的に脆くなっていた時、傍に居てくれて母のような優しさに包み込んで癒してくれた。

慈愛を向けてくれたからこそなんとか気を取り直して立て直してやってこれたのは、柚葉のおかげなのだ。


このままにはしておけない。

柚葉と輝夜が親しげに話をしているのを見るのが楽しかった。

輝夜が柚葉をからかって笑っているのを見るのが、楽しかった。


だがその輝夜は今――無表情になり、冥の首筋にあてていた刀を下ろして、だらりと腕を下げていた。


「輝夜…?」


「…私が行かなければ」


今まで自ら行動することはなかった輝夜が押し殺した声を発して呟いた。


今まで――今まで生きてきた中で、どうやれば見えている未来に人々を導けるか…それは自らの意思ではなく、彼らをどう行動させるか――そうやって自身の意思は反映させずに救済を続けた。


…だがこれは、自分の意思だ。


柚葉を助けに行かなければ――


どんな荒業を行使しようとも、禁じられた力を使おうとも――失くしてはいけないものが失くなってしまったのだから。

それがなんという感情であるか…


これが、そうなのか?


「兄さん…早くその人と片をつけて下さい」


それを見届けてから、あの男を殺しに行く。


それまではきっと柚葉は大丈夫だろう。


彼女には、加護があるから。
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