宵の朔に-主さまの気まぐれ-
押し殺した気を発している輝夜が焦れつつも自分の戦いを見届けてから柚葉の元へ行こうとしていること――


今思えばこの弟は、誰にも何にも執着などしていなかった。

目に入る困っている人々に手を伸ばして万人に愛を注ぎ、たった一人を選んだことなどなかった。


その博愛主義の弟が、無意識にも柚葉には執着していたように思う。

柚葉を失ってはいけない。

もし失ってしまえばこの弟はもう、誰にも心を開かなくなるだろうから。


「輝夜…待っていろ。すぐ終わらせる」


「朔…私を殺すのか?お前を愛したために死んでしまった私を二度も?」


「師匠…あなたが俺に打ち明けてくれれば俺はあなたに応えることはできないと言えたでしょう。あの時長く関係を続けることもなかったかもしれない。師匠、全て過去なんですよ。あなたを哀れにとは思いますが、全てを抱えたまま居なくなったあなたに一体どうしろと?俺に何ができましたか?」


「子を生めず、お前も得られず、私は破滅するほかなかったんだ。朔…お前も美しいものに惹かれるだろう?私もそうなんだよ。二度とない美しいものを私は見てしまったんだ。もうそれしか、欲しくなかったんだ」


もう迷ってなどいられない。

何があろうとも、凶姫を救ってくれて身代わりのように消えてしまった柚葉の救出のために輝夜を行かせなければ。


「これからは弔いに行きます。だから師匠…俺に殺されて下さい」


「私が死ぬか、お前が死ぬか…決めようじゃないか!」


目の端に突っ伏して柚葉の名をずっと叫んでいる凶姫の姿が入った。

静謐のような静けさを湛えた目の輝夜と目が合った。


口の端についた血を手の甲で拭った朔は、地を蹴った。

また同時に椿も力強く地を蹴った。


妖気がぶつかり合い、火花のように飛び散った。
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