宵の朔に-主さまの気まぐれ-
激しく体力が削られていった。

今襲われれば呆気なく自分は死んでしまうのだろうと思ったが――黄泉は何も言わず俯いたまま苦痛に耐えている様子だった。


はじめて、よく顔を見てみた。

薄い眉は冷徹そうで、吊った目も冷酷そうで、薄い唇も軽薄そうで、朔や輝夜とは大違い。

あのふたりは穏やかな顔立ちで優しくて強くて美しくて――ああ、また会いたいな、と目を閉じた。


「何故、俺の傷を治す…?」


「私が負わせた傷だから。あなたこそ、私をどうするつもり?」


「どうもこうも…お前の存在など毛ほども気にしていなかった。俺が手に入れたかったのは…」


「姫様だけは駄目。あなたそんなに姫様が好きなの?確かに姫様はおきれいで華やかな方だけれど…私たちは種として別物よ」


「…誰が芙蓉に惚れていると言った?俺はあれを手に入れて愛でて、飽きれば傀儡にするか冥のためにあの芙蓉の腕をつけてやろうと…」


「誰の目から見てもあなたは姫様を好きだと分かるわよ。傍に置きたいと思うってことは好きってことでしょう?何故認めないの?」


右手を失った今、もはや凶姫も、凶姫を孕ませたあの男を殺すことはできない。

可能性としてできるのは、この女を人質にあの屋敷へ戻って、冥と交換するという取引を提示して脱出すること――

だから、殺すことはできない。

それに――血を止めてくれて、苦痛も幾分か和らいだ。

震えながらも、傷を癒してくれた。


「…詮索するな、鬱陶しい」


「いいえ、これだけは答えてもらう。あなたは姫様を好きなんでしょう?」


「……仕方ない、お前は俺の右手を落としたが、血を止めてくれた。ひとつ小話をしてやる」


右手を切り落とされてさぞ恨まれるだろう、いつ殺されるのだろう、と半ば覚悟をしていた柚葉は、ようやく血が止まった右肘から手を離して黄泉を見つめた。


「小話…?」


「冥は……俺がかつて唯一愛した女だ」


その独白――

柚葉は息を止めて、黄泉の独白に耳を傾けた。

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