宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「冥は、人だった。冥は俺が根城にしている建屋の管理人で、地下に籠もりっきりの俺を案じて度々食糧や花などを届けてくれていた」


「人……」


「俺は怪異で、冥は人。俺が夜な夜な傀儡を作っては失敗して苛ついて散々に散らかした部屋を見て箒を手に乗り込んでくるような、活気に満ちた意気のある女だった」


「そんな…どうして傀儡に…?」


「冥は…胸の病に侵されていた。あと数ヶ月生きられるかどうかと俺に打ち明けて、自分が死んだ後はこの建屋を俺にやると言って…死ぬのが怖い、と初めて俺に涙を見せた時、俺は決心したんだ」


血は完全に止まった。

黄泉は過去の記憶を思い出しながら、息を呑んでこちらを見ている柚葉に初めてふっと笑いかけた。


「滑稽だと思うだろう?俺はお前たちのいう‟渡り”で、群れを好まない。単独行動が常だった俺にあんなに世話を焼いて無視しても話し続けてよく笑う女…俺はいつの間にか冥に惚れて、この女を死なせたくない、と思ったんだ」


ころころとよく笑う女。

自分は死ぬのだと打ち明けて、ぽつりと呟いたあの言葉。


『一度でいいから、恋をしてみたかったな』


――その一度の恋…たった一度の恋を冥より早く冥に覚えた自分。


「告白…したの…?」


「死ぬと分かった時、俺は躊躇なく冥に告白した。冥は…喜んでくれて、俺と恋をしてみたいと言って…俺は傀儡を作ることをやめて、一緒に散歩をしたり、朝まで他愛ない話をしたり…求め合ったり、幸せな日々を過ごした」


だが、その日は突然やって来た。


「死んだ…の…?」


「…朝、俺の腕の中で死んでいた。安らかな寝顔だった。俺は発狂した。独りで生きてきた俺に安らぎを与えてくれた冥を…俺を置いて逝った冥を…真の孤独を俺に与えた冥を恨んで恨んで…それでも冥の躯を離すことはできなかったんだ」


そして、やはりこれしかないと決意をした。


終生傍に居てもらうために、冥を傀儡にする、と決意をした。
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