宵の朔に-主さまの気まぐれ-
目を見せて、と言われた黄泉は、長い間言葉を交わした柚葉に妙な親近感を抱いていた。

言葉を交わす度に強固に築いた壁を乗り越えられるような…

か弱い生き物なはずなのに、その目は決してか弱くはない。


差し出された手をしばらくの間見つめていたが、この女は遊郭まで凶姫に会いに行った時、立ちはだかってきた女だと気付いてふっと笑った。


「か弱いくせに。芯は強いな」


「私は…姫様が居なければ遊郭で男を取らされていました。あの方は命の恩人なんです。だから、あなたがまだ姫様を狙うのなら私はまた…立ちはだかりますよ」


開き直ったというか、すっかり落ち着きを取り戻した柚葉に叱られたような気分になった黄泉は、今まで肌身離さず持ち歩いていた凶姫の両目が収まっている懐に手を入れて――取り出して手渡した。


「これが…姫様の目…」


はじめて、見た。

黄泉の術によって腐らず保存されていた凶姫の両目は紅玉の色で、角度によって黒や赤に変わり、柚葉をときめかせた。

こんなにきれいな目で、しかもあの美貌ならば…黄泉に目をつけられても仕方ないと思えた。


「お前とこの目が取引の材料だ。俺は冥を連れてこの国から出て行く。もし断るならば…お前を殺して、この目も壊す」


「そんな…姫様の目が見えるようになったら、どれほど主さまが喜ぶか…」


「ふん、お前もあのおきれいな男が好きなのか?芙蓉と奪い合った末にお前が負けたというわけか」


「…違うわ。私なんかが主さまに見初められるわけないじゃない。あのおふたりがお似合いだから私は身を引いたの。それに…」


それに――


「……好きな人が…できたから」


「ほう、あの場に居たか?まさか…あの髪を括った天に愛されしあの男か?」


「あの人が居なければ主さまは死んでいたし、私は心が腐ってしまっていた。とっても変で癖のある方だけど、大切なの」


「ではやはりお前は取引の材料となるわけだな。…ふん、俺はなあ…そういう女を凌辱するのが好きなことをお前に言ってなかったなあ」


「え…?きゃ…っ、や、やめて…!」


黄泉の手が伸びる。

あのおきれいな男…朔と呼ばれていた男よりももっともっと怖い存在のあの男をいたぶるには最高の逸材。


最後に、もうひとつ位悪事を働いたっていいじゃないか。

それが俺たち怪異の本分だろう?


その手が柚葉の着物の胸元を引き裂く。

その肌に触れようとした時――

それは、起こった。
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