宵の朔に-主さまの気まぐれ-
ひとしきり唇を重ね合った後、輝夜は柚葉の耳元でひそりと囁いた。


「部屋に行こう」


「ほ、鬼灯様…」


この場面において敬語ではなくそんな誘惑を低い声で囁かれて、柚葉は完全に腰が砕けてしまっていた。

抱かれてもいい――いや、抱かれたい。

だが輝夜は…自分のことを好きなのだろうか?

ただ単に約束を果たしたいから抱こうとしているだけなのでは?


「でも、でも…みんなで宴をって…」


「後で行けばいい。私は今あなたを抱くことしか考えられませんから」


抱き上げられた柚葉は落ちないように輝夜にしがみつきながら頭がぐるぐるしていた。

その間にも輝夜は柚葉の部屋に向かっていて、それを訊きたいけれど‟約束だから”と答えられるのが怖くて訊けずにいるうちに部屋に着いてしまった。

部屋の片隅には夜通し作業をすることが多いため床が敷いてあり、輝夜の足はまっすぐそこへ向かってゆっくり柚葉を下ろした。


「待って…待って下さい…」


「あなたがどう逃げようとも私はあなたを抱きますよ。何故か分かりますか?」


「…約束…だから?」


「外れですね。まあそれもありますけど、私がそんな約束を女の人と交わしたのはこれがはじめてだったんですよ」


――どういう意味だろうか?

それは少なくとも…自分に好意があると思っていいのだろうか?


「あなたは…私のこと、少しでも好きだと思ってくれてるんですか?」


帯に手をかけていた輝夜の手が止まり、その目が先程の自分のように真ん丸になっているのを見た柚葉は真剣な眼差しで輝夜を見つめた。


「少し、ですって?少しじゃないですよ」


「じゃあ…全然…?」


「お嬢さん…あなたは分かってないですね。私は…」


肩口にするりと手が入ってきたが息を詰めてまだ見つめていると、輝夜はふっと微笑んで柚葉の頭を持ち上げてぐっと顔を近付けた。


「あなたを食べたいほどに、好きですよ」


文字通り、食われてしまう――

そう思わせるほどの強さでまた唇が重なった。
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