宵の朔に-主さまの気まぐれ-
案内された客間の上座に、百鬼夜行を統べる者の姿は在った。


…まだ若い男だ。

それも誰もが見惚れてしまうような素晴らしい美貌の持ち主だった。

少し切れ長の目に、若干長い前髪。

漆黒の目と黒髪は美しく、引き結んだ唇はことさら形がよく、思わず柚葉の足は止まった。


じっと上目遣いで見上げてくる主さまにはっとした柚葉は深く頭を下げて真正面の少し離れた場所に乳母と共に座り、三つ指をついて再び頭を下げた。


「鬼族の柚葉と申します。これなるは乳母の…」


主さまと目が合った柚葉が固まってしまう。

その目にたゆたう妖気の結晶が星のように瞬き、その美しさに絡め取られてしまわないように頭を下げたのだが――

何か違和感を覚えていた。


「よく来た。物見遊山で来たとか。今までどこを巡っていた?」


「ええ、北から南下して参りました。ここを出ましたらさらに南へ」


思ったより口調は柔らかく、幾分かほっとした柚葉だったが――ちらちらと目を上げて主さまを観察しているうちに、その違和感は形を帯びてきた。


「あの…」


「なんだ」


「体調が優れないのでは?どこかお怪我を?」


脇に控えていた真っ青な髪、真っ青な目をしたこちらも恐ろしき美貌の男が腰を浮かした。


「え…?主さま…まさか昨晩の百鬼夜行で傷を負ったのか!?」


昨晩は大捕り物があり、乱戦になったため、主さまの傍で戦っていたものの目を離すことが多くなってしまった男――雪男が駆け寄る。


「大した傷じゃない。…よく分かったな」


「人の顔色を読むのは得意なんです。主さま、傷をお見せください。私がなんとかできるかもしれません」


突然毅然とした態度になった柚葉に主さま――朔が目を見張る。

これがふたりの出会いだった。
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