宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉がああなると、もう押しても引いてもどうにもならない。

こちらが必死になってなんとか機嫌を直してもらおうとしても、本人が納得するまでは、ああして冷たい一面を見せるのだ。


「兄さん、お嬢さんを見ませんでしたか?」


「見たけど…今はあまり構わない方がいいぞ」


雪男と文の見分をしていた朔は顔を上げて輝夜を見つめると、兄の深刻そうな表情に輝夜の表情も翳った。


「ええと…実はさっきなんだかとてもつれなくされまして。怒ってるんでしょうか?」


「怒ってるんだと思う。いや確実に。理由とか今は訊かない方がいい。俺の実体験だから信じろ」


元からして朔を一度も疑ったことのない輝夜は、なんだかにやついて文を見ている雪男の隣に座って肩を強めに掴んだ。


「いてててて、なんだよ」


「今の私の状況をさも面白そうにしているなあと感じたのでちょっと制裁を」


「いやだってお前さ、これから起こることはなんでも知ってたじゃん。でも今の自分の状況はからっきし分からないんだろ?それが面白くて…いでででで!」


「ことさらお嬢さんのことに関してはからっきしですとも。ですからどうしてなんだろうと考えてますけど、まるで分かりません」


庭では柚葉が山姫と一緒に洗濯物を干していた。

こちらの視線には絶対気付いているはずなのに、こちらを全く見ようとしない柚葉の態度に朔は腕組みをしてため息をついた。


「まあとにかく時間を置いた方がいいと思う」


「…時間を置いたらちょっと面倒なことになりそうなんですけど」


「どういう意味だ?」


「ああほら、あれですよ」


輝夜が指した方を見た朔と雪男は、柚葉に駆け寄る白雷の姿を見て同時に首を傾げた。


「白雷?」


「あの子がどうもお嬢さんにちょっかいをかけてるんです。さっきは耳かきしてもらっていましたし」


「耳かき…」


朔と雪男はそれぞれ朧や凶姫に耳かきをされているのを想像して、にやけた。


「それは…いいな」


「よくありません。私はされたことありませんし、一度どういう了見なのか問い質さねば」


珍しくいらいらしている輝夜に全うな人間性を見て、朔はその短くなった髪をくしゃりとかき混ぜた。


「頑張れ」


お前は全てを取り戻したのだから。
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