宵の朔に-主さまの気まぐれ-
屋敷の後方には広大な山林が広がっている。
朔も全てを熟知しているわけではなかったが、幼い頃から息吹と共によく出かけていた場所があった。
ただしそこは山の限りなく頂上に近い中腹にあるため、腹の大きい凶姫には酷な道程で、途中から朔は凶姫を抱きかかえて整備された道を歩いていた。
「朔、私…重たいでしょう?歩けるから下ろして」
「駄目。重たいって感じたことはないし、重たいと感じるまで太ってもらおうと思ってるんだけど」
「いやよ駄目。舞えなくなるから体重を増やしたくはないの」
ぶつくさ文句を言って朔に身体を預けていた凶姫は、鳥のさえずりや緑の濃い匂いに頬を緩めながらすぐ傍にある朔の顔に見惚れていた。
未だこの男の嫁になることが夢のようで、首や鎖骨にさわさわ触れながら心地よく身体が揺れて前方を見据えた。
「一体何があるの?」
「実は母様は父様と夫婦になった後なかなか子宝に恵まれなくて、この祠に通い続けて祈ったらしいんだ。俺や輝夜はよくここに一緒に来て祠の掃除をしてたんだけど、最近来れてなかったからついでにお前にも見てもらおうと思って」
「子宝っ?私、一人っ子だったから子は沢山欲しいの。私もここに通ってお祈りしていれば…」
「あり得る話だし、俺も一緒に通う。ほら、着いた」
小さな祠にはいくつか仏像がお供えされてあり、息吹が子に恵まれる度にひとつずつここに献上して感謝をしたという。
蜘蛛の巣が張っていたり少し汚れていたりで、凶姫を下ろした朔はそれらを取り除いたり小川で濡らした手拭いで拭き取ったりして、ふたりで祠の前に立った。
「母様はここでいつも誰かと話していたんだ。俺たちにはその声が聞こえなかったし姿も見えなかったけど、ここには確かに誰かが居る。きっとお前にもいつか見える」
「そうね…。朔、お祈りしましょう」
ふたりで手を合わせて何かが宿る祠に頭を下げた。
無事に生まれてきますように。
無事、健やかに育ちますように、と願いを込めて――
朔も全てを熟知しているわけではなかったが、幼い頃から息吹と共によく出かけていた場所があった。
ただしそこは山の限りなく頂上に近い中腹にあるため、腹の大きい凶姫には酷な道程で、途中から朔は凶姫を抱きかかえて整備された道を歩いていた。
「朔、私…重たいでしょう?歩けるから下ろして」
「駄目。重たいって感じたことはないし、重たいと感じるまで太ってもらおうと思ってるんだけど」
「いやよ駄目。舞えなくなるから体重を増やしたくはないの」
ぶつくさ文句を言って朔に身体を預けていた凶姫は、鳥のさえずりや緑の濃い匂いに頬を緩めながらすぐ傍にある朔の顔に見惚れていた。
未だこの男の嫁になることが夢のようで、首や鎖骨にさわさわ触れながら心地よく身体が揺れて前方を見据えた。
「一体何があるの?」
「実は母様は父様と夫婦になった後なかなか子宝に恵まれなくて、この祠に通い続けて祈ったらしいんだ。俺や輝夜はよくここに一緒に来て祠の掃除をしてたんだけど、最近来れてなかったからついでにお前にも見てもらおうと思って」
「子宝っ?私、一人っ子だったから子は沢山欲しいの。私もここに通ってお祈りしていれば…」
「あり得る話だし、俺も一緒に通う。ほら、着いた」
小さな祠にはいくつか仏像がお供えされてあり、息吹が子に恵まれる度にひとつずつここに献上して感謝をしたという。
蜘蛛の巣が張っていたり少し汚れていたりで、凶姫を下ろした朔はそれらを取り除いたり小川で濡らした手拭いで拭き取ったりして、ふたりで祠の前に立った。
「母様はここでいつも誰かと話していたんだ。俺たちにはその声が聞こえなかったし姿も見えなかったけど、ここには確かに誰かが居る。きっとお前にもいつか見える」
「そうね…。朔、お祈りしましょう」
ふたりで手を合わせて何かが宿る祠に頭を下げた。
無事に生まれてきますように。
無事、健やかに育ちますように、と願いを込めて――