宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔たちが戻ると、ちょうど柚葉が凶姫の掌の傷を治してやっていたところだった。

見れば見るほど不思議な術で、醜かった傷跡はみるみる消えていってそれで痛みが引いたのか、凶姫の表情が幾分和らいだ。


「ありがとう柚葉」


「いいえ、もっと治してあげたいのですが…」


「柚葉、無理をするな。お前も疲れているんだからちょっと休め。部屋を用意しているから案内させる」


雪男に促されて疲れ果てた柚葉が部屋を出て行くと、朔が朧と息吹に目配せをした。

それで内密の話があるのだと分かったふたりも続いて部屋を出て行き、ふたりきりになった朔は朧が用意してくれた熱い茶を凶姫の手に持たせてやると、声を潜めた。


「居場所が特定されているのか?」


「分からない…。でもあいつはやって来た。だから…ここにも来るかもしれない」


「そうか。まあそれは気にしなくていい。ここは俺の領域で最も力を発揮できる場所だからな」


「月…あなたこれでいいの?私はあなたと何の関わりもないのよ?」


「最初はそうだったけど、今はそうじゃない。もう関わってしまったんだからお前は気にするな。そもそも“渡り”がこの国で悪事を働けば俺が制裁するのは必然なんだ」


何の気負いもなく茶を口に運んだ朔をじっと見つめた凶姫が、ぼそりと呟いた。


「そういえば…あなた私の裸…見た?」


「…いいや?ちょっとは見たけどなんでだ」


茶を吹きそうになりながらなんとかそう答えると、凶姫はぷいっと顔を逸らして口ごもった。


「い、いいえ別に。もしじっくり見られたのならお金を貰わなきゃと思ってただけよ」


「んん、あれは金を払う価値はあったな」


「え!?やっぱり見たのね!?」


「ちょっとだけ」


――実際はじっくり見たのだが、ぽかすか叩いてくる凶姫の拳を華麗に避けながらまたにんまり。
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