宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その後息吹が帰り、留守を預かった雪男は勝手の分からない凶姫に屋敷の説明をした。


「どこに行っても基本いいけど、階段だけは降りちゃ駄目だ。それだけは約束してくれ」


「ええ、いいわ。私詮索はしないから」


「ここは主さまの結界に守られている。“渡り”は特にここに入ることはできない。だから安心してほしい」


――本来は人の心を盗み見ることはしないのだが、凶姫は雪男の心を覗いてそれが本心であるか確認してみたが、雪男は嘘ひとつついておらず、またとても案じていることが分かって胸を撫で下ろした。


「あなたって月の義兄弟なんでしょう?お風呂のお世話とかしてくれたのが月の妹さん?」


「そう。んで、俺の嫁さん。そこにぼうっとした顔で座ってんのが長男の氷輪」


雰囲気で雪男がどれほど強いのか分かっていたが、妖は無条件で強い者に惹かれるため、凶姫もまた雪男を気に入っていた。


「残念だわ、あなたとても好みなのに」


「そりゃどうも。ちなみに嫁さん以外に触られると火傷するし、そっちは凍傷食らうから触んない方がいいぜ。お姫さんは主さまのことどう思ってんだ?」


そう問われると言葉に詰まった。

声は耳元で囁かれたらぞくぞくするし、いつも掠めるようにして触ってくる朔に焦れることもある。

触れると死に至る――いや、抱かれれば死に至る…

それが実証されたため、ただ単に触られるだけであれば死なないと分かっていたが…朔は直に触ってこない。


それに実際焦れて“触って”と言ってしまいたいこともある。


「…さあ、あの人私をどうしたいのかしら」


「知らね、聞いてみればいい」


そんな恥ずかしいこと聞けるわけがない。


「いやよ。まるで私が月に気があるみたいじゃない」


…そう見えるんだけど。

雪男は内心そう呟いてはにかみながらこのふたりは一筋縄ではいかないな、と思って自分が巻き込まれないように気を付けようと注意しつつ月夜を眺める凶姫を見守った。
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