宵の朔に-主さまの気まぐれ-
夢を見た。

雲ひとつない夜空の美しい日――二階の窓からそんな星空を見上げるのが好きだった。


あの日も、そうだった。

家族と仲睦まじく食事をして、一家団欒で楽しい会話をして、少し酒を飲んで――ほろ酔い気分で自室に戻り、夜空を見上げていた。


「きれい…」


「きれいな女だな」


降って湧いたように空から舞い降りてきた男は、真っ黒な外套に身を包み、真っ黒な髪を後ろに撫でつけていて、とても怜悧な印象の切れ長の目をしていた。

唇は吊り上がり、驚いて動けないのをいいことに顎を乱暴に掴まれて、目を覗き込んできた。


「な…っ」


「ああ、好みだ。いいものを見つけた」


「だ、誰か…っ」


「誰か呼ぶのか?呼んでもいいが…皆殺しにするぞ」


その時すでに異変に気付いた父や兄弟たちが部屋に駆けこんできてその得体の知れない男に刀を向けて問い質したところだった。


「何奴!」


「俺のことか?お前たちのいう“渡り”だよ。俺の好みに合うものがあるかと思い、この島国に立ち寄ったのだが…これにしよう」


また目を覗き込まれて、委縮してはいけないと思って強く睨み返すと、男は唇を吊り上げて笑って耳元で囁いた。


「お前の目は美しい。まずはこれを頂こう」


「いや…っ!」


「芙蓉(ふよう)に手を出すな!」


父が――兄が“渡り”の男に斬りかかろうと駆けてくる。

だが男が父たちに手を翳しただけで父たちは錐揉みになって壁に打ち付けられて意識を失い、芙蓉――凶姫は足をがくがくさせて言葉を失った。


「面倒だな、先にあっちをやっておこう」


「やめて、やめて…っ」


「その鳴き声もいいが、まずは…」


男は凶姫から離れて父たちに向かってゆっくりと歩き出す。


これは悪夢だ。

誰か、悪夢だと言って――
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