美味しいパンの焼き方


「今日のお勧めは何ですか? 凛(りん)さん」


 ――――午後2時。

 その時間になると、必ず毎日お店にやってくる人がいる。

 少し茶色の髪に眼鏡。生真面目そうな瞳をしてて、ちょっと高級そうなスーツをビシッと着た会社員。会社が連なるオフィス街からうちの店はかなり離れているにもかかわらず、彼は毎日きっかり同じ時間にやってくる。

 余程暇なのだろうか?

 彼は店に入るとすぐに私を見つけ、毎日寸分も違わない声と抑揚で、同じ言葉を私に問いかけるのだ。


 ――――今日のお勧めは何ですか? 凛さん。


 彼が言う通り、私の名前は『花木 凛(はなき りん)』

 この際私の名前を何処で知ったのか、なんて事はもうどうでもいい。たぶんお店で奥さんやご主人に『りんちゃん』と呼ばれているのを聞いていたのだろうから。

 しかし私は彼の名前も年齢も、何も知らなかった。ただ毎日のように決まった時間にパンを買いに来る常連さん。それ以上もそれ以下もない。


「いらっしゃいませ! 今日はベーグルの新作が出ていますよ!」

「では、それを頂きましょう」

「はい! 毎度ありがとうございます!」


 いつも会話はそれでお終い。私はいそいそとお勧めパンを袋に詰めて彼に渡す。彼はそれと引き換えにパンの金額のお金を私に差し出すのだ。
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