リボンと王子様
午後五時。

周囲にはうっすらと夕闇が広がり始める。



まだ夏本番には早い五月。

それでもここ数日は気温の高い日が続いている。



広い半円型をしたエントランスに一人の細身の男性が到着した。

手にある鍵でオートロックの扉が開く。

高い天井の下を通り、ロビーに置かれている真っ白なソファを一瞥しつつ、奥に進む。

カツン、カツン、と磨きこまれた黒い御影石の床に音が響く。



細身の濃紺のスーツ。

少し長めの前髪。

サラサラした黒髪を神経質そうにも見える長い指でかき揚げる。



大きなシャンパンゴールドのスーツケースを手に、彼はおもむろにスマートフォンをスーツのポケットから取り出した。

少し疲れた様子で瞳を伏せる。

男性にしては驚くほど長い睫毛。



「お帰りなさいませ、響様」



四十台半ばほどの女性の声に顔をあげた。

少し垂れ目がちな漆黒の二重の瞳がコンシェルジュの女性を映す。



「……ああ、これからお世話になります」

疲れた表情を一瞬で押しやって、彼は魅力的な笑みを浮かべた。

愛想よく、簡単に設備等の説明を聞き、エレベーターホールに向かうと彼のスマートフォンが鳴った。



「千歳?」

「……母さん、ただいま」



スマートフォンを持ちかえながら、顔を少ししかめる。



「ただいま、じゃないわよ。
あれだけ、帰国日を事前に教えなさいって言ったのにあなたときたら!
どうして到着してから連絡してくるの!」

母のかん高い声が伝わる。

「うっかり忘れただけ。
疲れたから部屋に向かうから」

「ちょっと千歳!
話はまだ終わっていないのよ。
お願いしたお手伝いさんが……」

「必要ないって言った筈だけど?」

「そういうわけにはいきません!
あなたの部屋を整えてもらったのだし。
あなたの不規則な生活習慣はちゃんと耳に入っているのよ!
三ヶ月は嫌でも雇ってもらいますからね!
わかったわね」



きつく言い切って通話は切れた。






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