いつか羽化する、その日まで

「笑ったね? でもこれが、意外と効果あるんだよ。なんて言ったって僕の直筆だし、その辺のあやしい開運グッズよりよっぽど効果あるから。
ーー勿論分かってると思うけど、この絵はちょうちょだからね。〝サナギ〟ちゃんだけに」

「……」

「……今のタイミングこそ、笑うところでしょ」


この人は、やはりとんでもない自信家だ。
出会った直後なら思わず反発してしまうような言葉は今、私の背中を強めに押してくれている。上手いのか下手なのか正直コメントに困る蝶々と共に。

ぎこちなく笑うと、村山さんは目を細めてひとつ息を吐いた。


「大丈夫。前にサナギちゃんは自分のことを〝流されやすい〟なーんて言ってたけれど、しっかり意思表示もできるようになっているし、もっと自信持って」

「……はい、ありがとうございます」


鮮やかに笑う村山さんが、ぼやける。〝最後に見るのはいつもの笑顔がいい〟と思っていたのに、このままでは輪郭すら危うい。
まだパソコンの電源も落としていないのに泣いてしまっては駄目だ、と手の甲をぎゅっとつねった。


「サナギちゃんがこの先、笑って過ごせるような未来を祈ってるよ」


そしてこの人は、相変わらずどこか気障ったらしい。
出会った直後ならきっと引いてしまっていたはずの態度は今、こうして私を優しく包んでくれている。


「あ、それとね。これーー」



泣き笑いのような、変な表情になってしまった私を、営業所の方々は温かく送り出してくれた。ーー村山さんが私を泣かせたと勘違いしたまま。
所長と小林さんからは責められ、佐藤さんからは非難の目を向けられた村山さんの、必死で弁解する声が営業所中に響き渡る。
最後の最後に予想もしていなかった展開になってしまったことは、本当に申し訳なかった。


季節は、暑さが涼しさへ変わりつつある夏の終わり。
三週間のインターン生活は、こうして幕を閉じた。

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