いつか羽化する、その日まで

(ひ、人がいたなんて!)


突然後ろから聞こえた人の声に驚いて、飛び退くように村山さんから離れた。頬を押さえると、予想通り熱を帯びていて恥ずかしい。
村山さんはそんな私の様子に苦笑しつつ、声のした方向へ体を向けた。誰なのか気になった私は村山さんに隠れながらそっと顔を出してみる。

立っていたのは、やや小柄で柔らかい雰囲気を持つ見知らぬ女性だった。スカートの裾が先ほどからのビル風のせいではためいている。笑えばきっとかわいいであろうその顔に浮かぶのは、疑うような表情だ。


「やだなあ、そんなわけないじゃん」


今のやりとりを見られていたかもしれないのに、村山さんはあのつかみどころのない笑顔で気安く受け答えしている。……と言うことは、知り合いだろうか。

彼女は村山さんの言葉を聞いて、更にむっとした表情を見せた。


「でもさっきからチラチラこっち見てましたよね。これ見よがしに」

「あ、バレてた? いやあ、浅見ちゃんは今日もかわいいなって思ってさ」

「思ってもみないことを言わないでください!」


二人の会話から一気に情報が入ってきて、私は軽くパニックになった。村山さんはなんと彼女に見られていると分かっていたうえで、私に接近していたのだ。その挑発するような物言いに、私の胸はざわざわ騒がしくなる。


「ちゃんと思ってるって。浅見ちゃんは、かわいいよー」

「もう!」


〝アサミちゃん〟と呼ばれたその人は、一見怒っているような態度だけれど完全に顔が赤くなっている。少し子どもっぽく見えるところがかえって魅力的な人だ。


ーー彼女は一体、村山さんとどういう関係なのだろう。
もしかして、こ、恋人だったりして……。

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