いつか羽化する、その日まで

「ごめんねこんなに暑い日なのに。一日中冷房の効いた部屋の中にいると、冷えるのよね」

「いえ! いただきます」


せっかくいれてもらったお茶だ、ありがたくいただくことにする。
湯気の出ている湯飲みにふうふう息をかけてひと口含むと、やはりペットボトルとは違う甘さと渋さが広がった。


「はあ……」


ほっとする美味しさに思わず息を吐くと、佐藤さんは嬉しそうに笑った。


「ね? たまにはいいでしょ?」

「はい!」


佐藤さんはこの営業所で事務員として働き始めて三年になるそうだ。毎日一緒にお昼を食べながら、中学生になる佐藤さんのお子さんの話を聞くのが日課であり、また楽しみでもあった。


「うちの息子ったら、手伝いも何もしないから困っちゃうの」

「あはは、それは耳が痛いです……」


自分が中学生だった頃を思い出して、思わず母親に謝罪したくなった。


「だけどね、去年は大雪だったじゃない? ーーあの一番降った日、覚えてる?」


佐藤さんのその言葉で、即座に記憶が呼び戻された。この地域一帯は毎年降雪量が多く、所謂〝雪国〟と呼ばれている場所だ。
ただでさえその状況だというのに、昨年度は〝三十年に一度の大雪〟と呼ばれた日が存在する。

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