いつか羽化する、その日まで

社用車の見た目は一緒なのでうまく表せないが……例えばこの、仄かに漂う柑橘系の香りとか。


「車の中、村山さんのにおいがします」


だから私は、なるべくシンプルに伝えたつもりだったのだが、村山さんは運転席に座ったままハンドルも握らずに黙ってしまった。


「……サナギちゃん、あのさ」


少しだけ長く感じた沈黙の後、村山さんはため息を吐きつつ、諭すように言う。


「そういうのは、簡単に言っちゃダメだよ」

「そうなんですか?」

「はあ。……今度〝リスクマネジメント〟についてじっくり教えてあげる」

「り、リスク……なんですか?」


耳慣れない言葉だったので聞き返そうとしたが、「こっちの話」と濁されてしまった。

私が頭の中に疑問符を浮かべているうちに、村山さんはいつもの調子を取り戻していたようだ。明るい挨拶がエンジン音と共に耳に響く。


「それじゃ気を取り直して、しゅっぱーつ!」

「よろしくお願いします……」


まるでこれから遠足にでも行くかのようなテンションの村山さんの隣で、二度目の外出はスタートした。

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