いつか羽化する、その日まで
・・・・・

「ーーひとつ、聞いてもいいですか?」


疲れすぎて文句を言う気力すらなくなった私は、シートに背中を預けたまま尋ねた。


「うん?」

「どうしてビルの前で、あんなこと言ったんですか?」


機嫌良さそうに歌っていた鼻歌が、ピタリと止む。村山さんは、ちらりと私を見た。


「あんなこと?」

「あの、自社ビルがどうの……って。マナカ商事の本社の方が断然大きいんですよね」


ーーなにせ、総従業員数七千人だし。
直接見たことはないが、会社のサイトにアクセスすると重厚な雰囲気のオフィスビルの写真が迎えてくれる。


「ああ」


少し上擦ったような声を上げて、村山さんは嬉しそうに頷いた。


「どこにビジネスのきっかけが落ちているか分からないから、何でもネタにするようにしてるんだ」

「ネタ、ですか」


うんそう、そう言って村山さんはゆっくりハンドルを切る。


「確かにウチの本社は大きいけれど、この場所には建ってないでしょ?

僕は、地方には地方の強みがあると思うんだよね。あの営業所は毎年存続危機って言われながらも、今のところは移転も無ければ解散もしていない。多分、本社のお偉いさん方はどういう処遇にしようか考えあぐねている。

そんなときに、地元の大きな会社と結び付きがあるとアピール出来たら。……もしかしたら、何らかのプラスの作用になるんじゃないかって動かずにはいられないんだ」

「……」


ーー正直、驚いた。
生き生きと話す村山さんの、その真面目な姿勢に。少年のような好奇心に。逆境でも潰れない前向きさに。


「サナギちゃんがそこに目を向けてくれて、嬉しいな」


フロントガラスを叩く雨粒さえも引き立て役に変えるその穏やかな笑顔は、本日彼に対して思った二回の〝最低〟を帳消しにしてしまうほどの威力があった。


ーー隣にいるのは本当に村山さんなのか、疑ってしまいそうなほど。


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