いつか羽化する、その日まで

「あら、立川さん今日はお弁当なの?」


いつものコンビニ弁当ではなく、ころんとした楕円形の弁当箱をテーブルに置くと、佐藤さんはすぐに反応してくれた。


「そうなんです……たまには自分で作ってみよう、と思って」


実家暮らしのため、家での食事は母親が用意してくれる。そして大学での昼食は、学食かコンビニで済ませてしまうような毎日だった。
そんな娘が、ある日突然早起きして弁当作りを始めたものだから、母は「どういう風の吹き回し?」と、とても驚いていた。


「いいじゃない! 料理上手はモテるわよ」

「……いつかは上手になれるといいんですけど」


滅多に料理をしないものだから、味付けもイマイチだ。ひとくち放り込んだ炒め物の、塩辛いこと。私はご飯を多めに口へ運びながら、あははとひきつり笑いを返した。


「小林くんも村山くんも外食ばっかりだから、少しは立川さんを見習って健康には気を付けて欲しいんだけどねえ」

「私は、お二人に比べて時間がありますから」


社会人に比べれば、大学生の時間は無限と錯覚しそうなほどだ。学生には、本分を忘れそうなほど長い夏休みや春休みがある。
二人がどれだけ忙しいのか、たった二週間でもよく分かったほどだ。


「そうね……やっぱり作ってくれる人が必要かしらね」


しばらく和やかにランチタイムを過ごしていたが、思い出したという風に嬉々として話す佐藤さんの声に、私は固まってしまった。


「小林くんの方が可能性あるかもね。ーーこの前、彼女の所へ会いに行ってたらしいから」

「ーーそうなんですか」


知らなかったです、と笑ってみせた。


「それでね」と、佐藤さんが楽しそうに続けたので、思っていたよりも上手く笑えたのだと思う。多分。

< 74 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop