いつか羽化する、その日まで

「サナギちゃん」


午後の業務が始まってから一時間。
かけられた声に手を止めて振り向くと、村山さんにいつもの笑顔はなく、真面目な表情をしていた。


「大丈夫? ……それ、あんまり進捗良くないみたいだけど」

「え……?」


はっとして指をさされた目の前のパソコンを見ると、さっきから打っては消しての繰り返しで全然進んでいない表計算ソフトの画面が広がっている。村山さんから、今日中に仕上げるように頼まれていたものだ。


「す、すみません」


数字を打ち込むだけの簡単な作業だというのに、私は何をやっているのだろう。慌ててキーボードにかじり付いた私に、村山さんは困ったように言った。


「もしかして、今までの疲れが出ちゃったかな」


この二週間で慣れない仕事をたくさんさせちゃったし、と頭をかいている。

ーーしまった。村山さんに余計な心配をさせてしまっている。

普段の彼が言わないような言葉を聞いて、私は自分の態度が余程目に余るものだったのだ、ということに気付いた。昼休みに佐藤さんから小林さんの彼女の話を聞いて以来、ぼんやりしてしまっていたようだ。


「そんなこと、ないです」

「無理しなくていいよ。残りは僕がーー」

「いえ、私にやらせてください!」


何故だか焦燥感が強まり、私は強引に村山さんの言葉を遮ってしまっていた。
私の気迫に押されたのか、最後は村山さんが渋々折れてくれた……のだが。


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