いつか羽化する、その日まで

「ーー残業?」


目を丸くした村山さんが、私を見る。
時刻は定時の十分前。外は夕日が燃えるように輝き、ゆっくり夜の訪れを待っているというところだ。眩しさに、一瞬大きくした目を細める村山さんの顔が、橙色に染まる。


「あの。すみません、本当に……」


あんなに必死に頼み込んでひとりでやらせてもらったというのに、結局作業はあとちょっとというところで終わらなかった。そして今度は、少しだけ残業させて欲しいとお願いしているところだ。

村山さんの前で俯いたまま立っていると、ふう、とため息が聞こえた。


「うーん、本当はダメだけど……。サナギちゃん、今まで頑張ってたからなあ」


独り言が思いっきり漏れている。村山さんの心の葛藤がよく分かり、申し訳ない気持ちになった。
村山さんは、この場にいない他のメンバーの予定を確認すると、私に笑いかける。


「じゃあ、今日だけ。誰もいないから特別。
ーーでも、一時間だけだよ?」

「ありがとうございます!」


安堵でいっぱいになったまま思わず大きな声で返事をすると、からからと笑い声が聞こえた。

< 76 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop