プラネタリウム
前編


些細なことでケンカをした。

そういう時こそ素直に謝れなくて、タイミングを失っていたら一通の新着メール。


“今夜、そっち行くから”





「で?機嫌は直った?」
車に乗って3分後。運転席の人間が話しかけてきた。
「運転中はわき見運転しないで下サイ」
窓の景色を見たまま可愛げ無い返事で答えると、正面向いて笑っている彼と目が合う。
「ハイハイ、カワイイね~うちのお姫様は~♪」
「姫とかサムいし。で?どこ行く気?」
「寒かったら言えよ?暖房つけるし」

――また、はぐらかした。

メールで行き先を聞いてみても答えはなかった。その返事は『ズボンと厚めの上着持ってこい』だけ。
どこ行くもなにするも一切書いてなかった。

――明日が日曜日だからいいものを。なんでこんな夜更けに走ってるんだか・・・。

今日は土曜日だけど一ヶ月に一回の出勤デー。あくせくと働いてきたのだ。
車内の程よい温度と揺れが、仕事疲れの体を眠りに誘う。あたしは小さな欠伸をかみ殺した。

「寝てていーぞ。着いたら起こしてやる」
「助手席で寝られたら自分も引きずられるって言ってたクセに」
「今日はいーの。ほら寝た寝た。仕事お疲れさん」

大きな手で頭を撫でられ軽く叩かれた。
それがなんだか名残惜しくて、ハンドルに戻った手を見ていたらまた笑われた。

「何?手でも繋いで欲しい?」
「いーからっ!運転に集中してよねっ」

意図も簡単に心の内を読まれてしまう。本人には言えないけれど、そういう所も本当は好きなのだ。
景色はいつの間にか変わっていて高速道路を走っている。
暗闇の中、等間隔で流れる明かりを見ていたら本当に眠たくなってきた。

「おやすみ、ゆき」

まだ寝てないよ・・・って言うつもりだったのに、瞼とともに意識がゆっくり閉じていった。




僚に揺り起こされて目を開けると、真っ暗闇でここがどこだかサッパリ分からない。

「寒いから上、着ろよ?」
「んー・・・・・・っさむっ」
「だから言ったろ?」

後ろの席に置いておいた上着を羽織り外に出ると、先に降りていた僚がラゲッジルームを開け何やらゴソゴソしている。
「僚?」
「ほい、ゆき、ドーゾ」

手招きされた先は、後部座席を倒して広げたラゲッジルーム。そこにふかふかのシートを広げて上にクッションが置かれている。靴を脱いで上がると、僚が二人分の靴を持って隣に座ってきた。

「ゴソゴソの理由はこれ?」
気持ちいい感触のシートを撫でながら制作者である僚に尋ねる。彼の少し細めの瞳がより細くなり得意気な笑みを浮かべた。
「よ・・・・・・っと」
あたしの手首を掴んだまま僚は仰向けに寝転んだ。当然、急な力で引っ張られたあたしは彼の胸に倒れ込む。
「ちょっ・・・危ないじゃないっ!!」
「ゆき、見ろよ」
抗議するあたしの頭の上から優しい声音が降ってくる。
渋々、言うとおりに目線を見上げると、闇夜に浮かぶ星々が瞬いていた。
「ぁっ・・・・・・・・・・・・」

都会では中々目にすることが出来ない星の灯り。淡いものから鮮明に輝くものまで様々だ。
夜空もいつもより深い深い青の色。木々の合間から零れ落ちて掬えそうなほどに見えるこの景色は圧巻だ。
ありふれた言葉しか出てこないけれど、ただただ胸にじわりと灯りがついて優しくも泣きたいくらい綺麗で煌めいてて。
気づいたら柔らかな熱が瞼から滑り落ち、頬を撫でていた。

「見てたらさ、思うんだよ」

「・・・・・・・・?」

「ケンカしてさ、ぶつかって・・・そのたびにこうやって仲直りして、また一緒に過ごしていく」
見上げるも、互いの視線は濃藍の天のまま。

「泣いてる涙の冷たさも、血が通っている温かさも、感情をのせている声も」

頬にある僚の手がゆっくりと離れ、あたしの手と合わさり繋がる。

「拭ってやれるし、触れてられるし、感じられる・・・・・・・・・・・そんな些細な“日常”がどんなにシアワセなのかって事を」


つい忘れてしまう。

“明日も必ず会える”という確約などどこにもなくて・・・。
“いつ”どこで“何”が起きるかわからない。

だからこそ一緒の時間を大切にしなきゃ・・・・・・と分かっていても。


「一等星か?すんげぇ光ってる」
僚が指さす方を追うと幾つか光っているのがわかる。
「ありすぎて・・・どれかわかんないよ。それにそこまで星に詳しくない」
「あっちはオリオンだぞ」
「それくらいはわかる。じゃー・・・これは?」

空に浮かぶ星を手当たり次第指し示せば、次々とデタラメな名前を付ける僚。
ネーミングセンスの無さに体を震わせ笑いあう。可笑しすぎて涙を流すと、またも拭われた。

「自然の力は偉大だよな~」
「・・・そうね」
慈しみの色を浮かべた瞳と合い、少し気恥ずかしくなったあたしは悟られないよう星を見上げる。
見透かしてるよと言わんばかりに小さく笑った僚に再び強く握られた。

「一等星は届かないけど、俺にとっての星は捕まえられた」
「僚・・・」
「なぁーんてサムいこと言って欲しい?」
「アンタってヤツはっっっ!!ムードぶちこわしっっ」
「そういう怒った顔、すげー好み」
憤慨するあたしの反応が楽しいか可笑しそうに肩を揺らす。

――そーだ・・・そーだった。こういうヤツなのよ、僚って人間はっ!

友達期間も含めて長い間一緒にいたから知ってる。僚のこういう所がなぜか女子にウケてモテていた。さすがに職場までは知らないけど、大学の時は人気があって影では幾人かが告白しようとしていたほどだ。
既に僚とは友達だったからそこから恋愛対象としてみてくれるかすごい不安だっただけに、彼女になれたときは凄い嬉しかったっけ。


あ・・・思い出した。今回のケンカの原因。


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